歌舞伎ちゃん 二段目

『歌舞伎のある日常を!』 歌舞伎バカ一代、芳川末廣です。 歌舞伎歴10年の20代。2013年6月より毎日ブログを更新しております。 「歌舞伎が大好き!」という方や「歌舞伎を見てみたい!」という方のお役に立てればうれしく思います。 mail@suehiroya-suehiro.com

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やさしい熊谷陣屋 その八 「弥平兵衛宗清、待て」

ただいま歌舞伎座で上演されている二月大歌舞伎

夜の部「熊谷陣屋」は上演機会の非常に多い演目ですので、

前回のまとめに引き続きまた少しばかりお話したいと思います。

芝居見物の何らかのお役に立てればうれしく思います。

これまでのまとめ

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ハテ恐ろしき眼力じゃなア

熊谷陣屋(くまがいじんや)とはそもそも、

1751(宝暦元)年に大坂は豊竹座にて初演された人形浄瑠璃の演目の一場面。

平家物語を脚色した「一谷嫩軍記」という全五段の浄瑠璃の、

三段目の切にあたる場面が「熊谷陣屋」として繰り返し上演されています。

平家物語の涙を絞るような名場面「敦盛最期」をおおきく脚色したものです。

 

非常にざっくりとした状況説明としては、

・時は源平合戦、義経の家来の熊谷次郎直実が主人公。

・直実は「敵方・平敦盛の命を助けるべし」というメッセージを受け取った。

・義経さまはかねてより桜に「一枝を伐らば、一指を剪るべし」という制札を立てていた。

・いっしを切らば、いっしを切るべし…→いっし=一子…!!

・熊谷はやむを得ず自らの一子、小次郎を…!

・そして自らの陣屋へ戻るとなぜか妻が…!

という、たいへん緊迫したものです。

登場人物それぞれギリギリの心理状態が描かれています。

 

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国立国会図書館デジタルコレクション

 

源平の世において平敦盛の身替りとして

大切な我が子の命を差し出した熊谷次郎直実と相模夫婦の悲しみが

この芝居のメインの筋ですけれども、

終盤になってどこからともなく謎のおじいさんが現れますね。

 

なにやら義経が呼び留め、ゆかりのあるようすですけれども、

二人はいったいどういった間柄なのか?ということが一見わかりにくいかと思います。

初めてご覧になる方のためにざっとお話いたします。

 

このおじいさんは弥陀六という名前で通っている石屋さんで、

実は平家のさむらい弥平兵衛宗清(やへいびょうえむねきよ)

いまは亡き平家の魂を、石塔を作ることで弔っているのです。

平家に関わりがあるようだということで、

この陣屋に呼ばれ取り調べを受けていたところです。

 

二人の縁は、義経が3歳の時までさかのぼります…

 

義経は兄の頼朝ともうひとりのきょうだいともに

源義朝の側室であった常盤御前の子供として生まれましたが、

平治の乱で遺児となってしまいました。

弥平兵衛宗清は情け深い男で、

平家の身ながらこの源氏の三人の幼子を見殺しにできず命を助けてあげたのです。

 

義経はその時のことと宗清の顔をよく覚えていて、

「おやじ待て」と呼びとめたのであります。

 

宗清が命を助けてあげた義経は立派なさむらいとなり、

結局は平家を滅ぼしてしまったわけですので、

平家のさむらい宗清にとってこの再会は、

大きくなったねぇ久しぶりだねぇというわけにはいきません。

 

義経というのは非常に人の心の痛みの分かる

繊細な人物というのがお芝居のお約束ですから、

この宗清の恩に報いて長年のわだかまりを溶かすように、

鎧櫃に隠した平敦盛を彼に託すことにするのでした。

 

急に現れたおじいさん、実は平家の…なんていわれても!

というツッコミは流して、そのまま夢中で見ることができてしまうのが

歌舞伎のおもしろいところだなあと思います。

 

藤の方相模といい、義経宗清といい

熊谷陣屋はサイドストーリーもおもしろく、ドラマチックですね!

 

 

参考文献:歌舞伎登場人物事典

歌舞伎登場人物事典(普及版)

歌舞伎登場人物事典(普及版)

 

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