歌舞伎ちゃん 二段目

『歌舞伎のある日常を!』 歌舞伎バカ一代、芳川末廣です。歌舞伎学会会員・国際浮世絵学会会員。2013年6月より毎日ブログを更新しております。 「歌舞伎が大好き!」という方や「歌舞伎を見てみたい!」という方のお役に立てればうれしく思います。 mail@suehiroya-suehiro.com

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やさしい御存 鈴ヶ森 その二 白井権八と幡随院長兵衛

ただいま新橋演舞場で上演中の初春歌舞伎公演

5月に歌舞伎の大名跡である團十郎襲名を控える海老蔵さんを中心としたお正月公演、

お茶の間でも大人気の勸玄さんぼたんさんもご出演とあって、

全国からファンの方々が駆けつける人気の公演であります。

昼の部「御存 鈴ヶ森」はおなじみの名作として知られ

比較的上演頻度も高い演目でありますので、この機会に少しばかりお話したいと思います!

出会うはずもない二人 白井権八と幡随院長兵衛

御存 鈴ヶ森(ごぞんじすずがもり)は文政6年(1823)江戸は市村座で初演された、

四世鶴屋南北作「浮世柄比翼稲妻(うきよづかひよくのいなづま)」の二幕目にあたる部分です。

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国立国会図書館デジタルコレクション 豊国「東海道五十三次の内 川崎駅 白井権八」

お尋ね者の若く美しい男が治安の悪そうな薄暗い道に通りかかり、

案の定、強盗まがいのことをしている男たちにつかまってしまうが、

すばらしい腕前で男どもを散々に斬り倒してしまった。

 

と、そこへたまたま通りかかった苦み走った男が駕籠から顔を出し、

お若えの、お待ちなせえやし…」と話しかける。

若い男は「待てとお止めなされしは…」と答えて云々…

…という、ただそれだけの出来事で終わってしまう場面ですが、

役者のカッコよさが際立つ一幕としてなんども何度も繰り返し上演されています。

 

若く麗しい男と、苦み走った男のピリッとしたやりとり…

言葉少なでありながら深く通じるようなものも感じられ、

その空気感がなんともたまらないわけですが、

実はこの場面は、江戸時代の有名な殺人犯と、有名な侠客の親分が出会うという

映画さながらのハードボイルドな一瞬を描いたものなのであります。

 

若く麗しい男とは、白井権八(しらいごんぱち)

平井権八という実在の人物をモデルにして作られた役柄です。

平井権八は、因幡の武家の生まれの鳥取藩士でありながら父の同僚を殺害、

江戸へ渡ると今度は吉原の遊女・小紫と深い仲になり、

お金に困って次々に辻斬り、強盗殺人を重ねるという悪事を働いて、

延宝7年(1679) 25歳の若さで鈴ヶ森の刑場にてに処刑されてしまった…

という、かなりの危険人物なのでした。

 

そして苦み走った男は幡随院長兵衛(ばんずいいんちょうべえ)

こちらも実在の人物で、江戸初期に江戸の花川戸で活躍した侠客の親分であります。

腕っぷしが強く度胸もあり、荒くれ者の町奴たちを率いるリーダーであり、

水野十郎左衛門率いる同じく荒くれ者の青年武士団である旗本奴と対立、

水野邸にて殺されてしまった…という人物です。

 

このような出来事から江戸時代の人々にとって幡随院長兵衛は、

旗本奴にたてつき庶民を守るアウトローなヒーローの象徴となり

歌舞伎や講談などさまざまに脚色されて愛されたようです。

 

幡随院長兵衛の没年が慶安3年(1650)か明暦3年(1657)であるのに対し

白井権八の処刑は延宝7年(1679) と、生きた年代にかなりのずれがあり、

人々のニーズが生んだ完全なるフィクションと推察されます。

 

幡随院長兵衛の登場する有名な歌舞伎の演目にはもうひとつ「極付幡随長兵衛」があります。

極付(きわめつけ)」「御存(ごぞんじ」などとわざわざ題名に加えられていることからもわかるように、

人々にとって「やっぱりカッコいいよね!たまんないね!」という存在であったようですね。

 

静岡県清水市の小学生であるちびまる子ちゃんが、

同じくアウトローヒーローである清水次郎長をなぜか心の底から崇拝し

「次郎長はいい男だねぇ」と度々言っていますが、

幡随院長兵衛と江戸の人々もそのような構図だったのかもしれません。 

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参考文献:新版歌舞伎事典/日本大百科全書/

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 公演の詳細

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