ただいま国立劇場で上演されている「梅雨小袖昔八丈」
数ある歌舞伎演目の中でも非常に有名なものですので、
この機会に少しばかりお話したいと思います。
何らかのお役に立てればうれしいです!
「入墨者」の新三
髪結新三の主人公・新三はお店からお店へ出入りして
髪を結って回る出張サービス「廻りの髪結」を生業にしていますが、
実は元犯罪者。
罪をつぐなって真面目におとなしく働いているどころか、
言葉巧みに騙して女性を拉致し、さらに手籠めにして身代金を要求、
おまけに「俺は前科持ちだぞ!どうだ!こえーだろ!」と自慢にするような、
それはそれはとんでもない男であります(・_・;)
現代に置き換えてこの人物設定を考えてみますと、
まさしく「ヤバい」というべき絶対に関わってはいけない危険人物です。
しかしこれが髪結新三となると、
なんとも粋で色っぽい風情に仕上がっているのがおもしろいなぁと思います。
しかも上には上がいて、
新三の暮らす長屋の大家さんは、
「前科持ちを住まわせておいて何かトラブルがあったら上前をはねてやろう」
と狙っているのです。夫婦そろって欲深い強烈な方々でしたね(´▽`)
新三が前科を盾にしてすごむとき、
「入墨者(いれずみもの)」という言葉を使って
腕に入った二本の入墨を見せつけていました。
現代はおしゃれ感覚でタトゥーを入れる方もおいでですが、
新三が自慢している入墨というのはまさに犯罪の証。
享保年間から明治の初めまでは、罪人の体に入墨を施す「入墨刑」
という刑罰があったのであります。
この入墨刑は比較的軽い犯罪で、
盗みや詐欺、横領などを働いた無宿者に多く課されていたということです。
毎日ぶらぶらしていて、遊ぶ金欲しさにちょっとその辺からお金をくすねてみたり…
というようなことでしょうか。
もちろんいけないことには変わりないのですが、
新三あんなにオラオラしていたくせに、さほど大それた犯罪でもないじゃないか…
と思うと、なにやら小悪党らしいかわいげが感じられます。
面白いのはこの入墨のデザインが奉行所によって違ったということです。
新三の入墨は江戸のデザインの黒い二本線でしたが、
なんとおでこに「犬」という文字を入れなければいけないところもあったそうです。
なんて恥ずかしいのでしょうか。これでは新三も自慢できなかったでしょうね(´▽`)
ちなみに「加賀鳶」や「め組の喧嘩」などの演目で見られる
体にびっしり入っている絵のような和彫りの入墨は犯罪の証ではありません。
鳶や火消しの方々は肌を晒すお仕事であったため、
これを恥じらってど派手な和彫りが好まれはじめたと伝えられています。
江戸時代の男性たちの美意識の高さがうかがえます。
ここまで「入墨」という表記でお話してきましたが、
「刺青」という表記が広まるのは実は明治になってから。
長谷川伸の戯曲「刺青奇偶(いれずみちょうはん)」は、
近代に書かれた作品なので「刺青」という漢字が使われています。
いろいろな演目の登場人物の入墨に、どうぞご注目ください!
参考:国会図書館デジタルアーカイブス/カラパイア/ブリタニカ国際大百科事典