ただいま歌舞伎座で上演されている二月大歌舞伎
今月の夜の部「名月八幡祭」は松緑さんとニザ玉のご共演という
非常に思い出深い芝居となりそうですので、
この機会に少しばかりお話したいと思います。
芝居見物の何らかのお役に立てればうれしく思います。
江戸でもっとも粋な職業「船頭」
名月八幡祭(めいげつはちまんまつり)とはそもそも、
1918(大正7)年8月に東京は歌舞伎座にて初演された歌舞伎演目であります。
作者は池田大伍(いけだだいご)。当時の名優・二代目左團次のために、
江戸の風情溢れる芝居を数々執筆していた人物です。
初演の際にも二代目左團次が主役の縮屋新助を勤めていました。
お話の筋は大変わかりやすく
・ビッグイベント深川八幡の祭を控えた江戸深川の街が舞台。
・自由奔放な深川芸者の美代吉には、船頭の三次という情夫がいる。
・三次はほぼヒモの状態であるし、明日は祭で派手な衣装を作りたいしで、美代吉には金がない。
・そんな美代吉に惚れてしまった、越後からやってきた純朴な縮屋の新助さん。
・美代吉は100両の金の工面を新助さんに頼んでみるのだが…
というような流れであります。
登場人物の中でもひときわ浮世を楽しんでいそうなのは船頭の三次さんですね。
お金にいつも困っていて美代吉に無心ばかりしていますが、
どうやら悪びれもしていないようす、
次から次へと博奕などに使ってしまっているようです。
モラルとしては最低なのですが、それでいて色男らしい魅力があります。
そんな三次さんの「船頭」というお仕事について少しばかりお話してみます。
ここでいう船頭という職業は、漁師さんのようなお仕事ではありません。
川や堀の多い江戸では水上交通が非常に発展しており、
重たい材木や食糧などを運ぶほかにも、
お金もちがタクシー代わりにして遊び場に行ったり、
庶民が隅田川を渡ったりと大小さまざまな船が大活躍していました。
そんな船を統括する船宿にかかえられ、船を操縦していたのが船頭さんです。
船頭は江戸の町でも最も粋な職業とされていて、
鳶職などと並び江戸ッ子の代表的な存在でありました。
先月も鳶職や町火消が江戸でいかにヒーロー的存在であったかお話しましたが、
船頭というのはそれよりは少し柔らかみのある色っぽい仕事、
まさに女性にモテる仕事かと勝手なイメージを持っています。
西洋でイメージしてみますと、ちょうどイタリアの水の都ヴェネツィアで、
ゴンドラを漕ぐイタリアの色男のような存在感がそれと近そうです。
江戸でもとびきりカッコいい職業についている三次さんは、
深川仲町の売れっ子芸者・美代吉さんとはまさにお似合い。
どんなに向こう見ずでクズ的であろうともベストカップルなわけです。
越後からやってきた純情で真面目一徹の新助さんとは違った世界を生きている二人であり、
二人のみならず新助さんもそれを痛感しているからこそ、とても残酷に感じられます。
歌舞伎ではほかにも船頭が登場する演目がありますが、
なかでも代表的なのは鶴屋南北の「盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)」です。
ここでも船頭の三五郎が、危なっかしい色男として登場。
俺って女にモテるんだよなぁ~というムードをぷんぷんさせていますよ。
上演の機会がありましたら、ぜひご覧になってみてくださいね。
参考文献:歌舞伎登場人物事典/日本人なら知っておきたい 江戸の商い朝から晩まで