歌舞伎ちゃん 二段目

『歌舞伎のある日常を!』 歌舞伎バカ一代、芳川末廣です。歌舞伎学会会員・国際浮世絵学会会員。2013年6月より毎日ブログを更新しております。 「歌舞伎が大好き!」という方や「歌舞伎を見てみたい!」という方のお役に立てればうれしく思います。 mail@suehiroya-suehiro.com

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やさしい伽羅先代萩 その十 残酷非道なのに目が離せない「八汐」

「ただいま歌舞伎座で上演中の

八月納涼歌舞伎

娯楽性の高い演目が並んだ夏休みらしい公演です。

そんななか第一部「伽羅先代萩」は古典の名作中の名作。

乳人政岡という女形の大役を七之助さんが初役でお勤めになること、

甥にあたる勘太郎さん、長三郎さんがご共演なさることで話題を呼んでいます!

 

上演頻度も高く、派生した作品もたくさんありますので

今月上演の「御殿・床下」の場面についてじっくりとお話いたします。

芝居見物のお役に立てればうれしく思います!

子どもの喉元をぐりぐりと…

伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)は、

1777(安永6)年4月大坂は中の芝居で初演された演目です。

とはいっても現在の上演スタイルは初演そのままというわけではなく、

別の作品からいろいろと取り入れておもしろくなったという成り立ちです。

 

実録先代萩」「裏表先代萩」「伊達の十役」などなど、

伽羅先代萩をアレンジした作品がたくさんありますが

パロディ的なものは元ネタを知っていた方がよりおもしろく楽しめるかと思います。

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歌川豊国/局政岡・仁木弾正・男之助・河津三郎・股野五郎・き世川・菖蒲前・頼政・井ノ隼太

国立国会図書館デジタルコレクション

 

その九では、政岡のモデルとされている人物のひとり

三沢初子についてお話いたしました。

政岡の直接の敵といえる仁木弾正の妹・八汐についても

モデルの人物が気になってまいりますが、この役は本当にフィクションのようです。

 

役ができた当初は、史実の伊達騒動にからんだ実在の人物をもじった

度会銀兵衛なるさむらいの妹という設定だったそうですが

そのうちに仁木弾正の姉、妹、妻と設定がいろいろ変わって今に至ります。

確かに仁木弾正の身内であるほうが内容が散らからず

ぐっとおもしろくなるように思います。

 

八汐は基本的に、立役で座頭格の方がお勤めになることの多い役です。

今月お勤めになっている幸四郎さんの場合はそうではありませんが

日頃まったく女形をなさらないような方がお勤めになる場合がありますので

先代萩の配役が発表されますと「八汐はどなたかな?」と楽しみになったりします。

また今月は幸四郎さんが八汐と仁木弾正の兄妹をお一人でお勤めになりますが

別々の役者さんがお勤めになることも多々あります。

 

なぜ立役の方がお勤めになるのかなあと思われますが

それはおそらく八汐が男性っぽい女性であるとかそういうことではなくて、

悪のダイナミックさ」が必要な役となったのではないかなあと推察されます。

 

というのも、仁木弾正の身内の女の人という設定で勤めはじめたのは

実悪の重鎮と呼ばれた初代尾上松助や、

荒事をはじめあらゆる役を見事に勤めた七代目團十郎といった方々であったそうで、

その八汐の強烈さたるやすさまじいものがあったのでは…と想像されるからです。

 

そんな八汐に対する政岡は

立女形における最高峰の役でありそれ相応の方がお勤めになるわけですから、

VS」の構造が大変に引き立ち、芝居がおもしろくなったのだと思われます。

 

余談ですが、昨年博多座にて仁左衛門さんの八汐を拝見いたしました。

これがもう本当におそろしく、ニタリ…という表情に戦慄し、

いつものやさしげなお顔が想像できないような口元の歪み加減など忘れられません。

立役の悪役もすばらしくおそろしいけれども女形は尚のことおそろしいのだなぁ、

怖いのに見入ってしまうなぁと圧倒された体験でありました…

いつの日かまた拝見できるのを楽しみにしております。

 

参考文献:歌舞伎登場人物事典/朝日日本歴史人物事典

歌舞伎登場人物事典(普及版)

歌舞伎登場人物事典(普及版)

 

今月の幕見席

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