歌舞伎の舞台の上にはたくさんの記号=お約束があります。
初めて見る演目や内容が聞き取りにくい演目でも、
このお約束を知っていればなんとなく読み取ることができ大変便利です!
今月上演された「寺子屋」より、歌舞伎のお約束にちなんだキーワードを一つご紹介いたします。
芝居見物のお役に立てればうれしく思います。
ひと月半程度でこんなに伸びるのでしょうか…
「寺子屋」は、冷たくてつれない男だと思われていた松王丸が
恩義ある方のために我が子をも犠牲にするという心を見せるという、親子の別れを描いた悲劇。
松王丸登場のシーンは、駕籠からのっしと降りてきて、
ゴホンゴホンゴホンエヘンエヘンエヘンと長ーく咳き込むところが印象的です。
頭には「病鉢巻」と呼ばれる紫の鉢巻まで巻いていて、
なにやらたいそう具合が悪そうだなあ…と思われる場面ですが、実はこれは偽の病。
病気を理由に、現在の主であり菅丞相の敵である時平公から暇をもらおうとしているわけです。
実はこの咳き込みや病鉢巻のほかにも
「松王丸はどうやら病気らしいな…」ということが伝わる記号がもう一つあるのです。
国会図書館デジタルコレクション 松王丸・源蔵女房戸なみ・松王女房千代・武部源蔵 香蝶楼豊国
それは…松王丸の役者さんが付けているかつら
「五十日(ごじゅうにち)」であります。
(出典:歌舞伎登場人物事典)
これは、文字通り「五十日間、月代(生え際から頭頂)の髪を伸ばした」という意味。
病気を患っていたり、浪人であったり、はたまた泥棒であったりして
月代の手入れもままならない人物であることを表しているのです。
江戸の男性はたいへんオシャレで美意識が高かったそうで、
月代をきちんと手入れして、美しいまげを結うというのは大人の男のたしなみでありました。
そんな中でもつい月代を伸ばしてしまった…ということから、
具合の悪さや社会になじまない男というイメージが伝わったのかもしれません。
とはいえ、たった50日でこんなにモリモリと延びるかいなあというのが、個人的な見解であります。
こうした過剰すぎるほど過剰な点が歌舞伎のおもしろいところだなあと思います。
実は「百日」 というもっとフサフサと爆発したようなかつらもあり、
こちらは恐ろしい大盗賊のような役柄で使用されることが多いです。
社会になじまないどころか、タブーを恐れない人物というすごみが感じられます。
どんな演目で登場するか、ぜひ注目なさってみてください!
参考文献:歌舞伎登場人物事典/大辞林/日本国語大辞典