ただいま歌舞伎座で上演中の
芸術祭十月大歌舞伎!
夜の部「三人吉三巴白浪」は、歌舞伎屈指の名作として知られる人気狂言です。
お馴染みの芝居として冒頭の一場面のみを上演することも多く、
なかなか全貌が明らかにならない演目ですが、今月は通し狂言で上演されています!
奇数日・偶数日の配役替えでも注目を集めていますので、
先日まとめを作成いたしましたがさらにいくつかお話してみます。
何らかのお役に立てればうれしく思います!
吉祥院は吉祥寺駅ではない
三人吉三巴白浪(さんにんきちさともえのしらなみ)は、
節分の夜に巡り合った、吉三郎という名を持つ三人の盗賊が兄弟の契りを交わし、
親と子の複雑に絡み合った縁に翻弄されていく物語であります。
この演目は動乱のさなかにあり先の読めない江戸末期の市井の、
退廃的なムードのなかで生まれたものでありますので、
そのような気配がロケーションにも色濃く表れ、独特の色っぽさを醸し出しています。
「大川端庚申塚の場」「割下水伝吉内の場」ゆかりの地についてお話しましたが、
せっかくですので「巣鴨吉祥院本堂の場」についてもお話してみたいと思います。
巣鴨吉祥院本堂の場といえば、
おんぼろに荒れ果てた吉祥院なる寺を住まいにしている和尚吉三が、
義兄弟であるお嬢吉三とお坊吉三を逃がすべく
本当の兄弟とは知らずに恋仲となってしまったおとせと十三郎の首を取るという、
悲しい場面が描かれています。
巣鴨吉祥院とは、現在でいうところの駒込にある吉祥寺であります。
住みたい街ランキング常連のあの吉祥寺ではありません。
隅田川界隈のエリアから住みたい街ランキング常連の吉祥寺まではかなりの距離があり、
三人は追われ追われてあんなに遠くまで行ってしまったのかなあ…
などと想像してもなかなかにおもしろいのですが、
実は結構近場を拠点にして身を隠していたのでありました。
吉祥院は、所化から盗賊になってしまう…などという、
決してまっとうな僧とはいえない和尚吉三が暮らしている
荒れ果てたおんぼろな寺として描かれていますが、
この駒込・吉祥寺は決してそのようなアウトローなお寺ではありません。
それどころか、現在の駒澤大学の前身であります
曹洞宗の教育機関「栴檀林」が置かれた由緒あるお寺であります。
しかしながら、なぜに住みたい街ランキング常連の吉祥寺は
現在吉祥寺がないにもかかわらず吉祥寺と呼ばれているのか疑問に思われます。
少し調べてみますと、もともと吉祥寺があったのは駿河台だったそうです。
しかし、1657年の明暦の大火によって焼けてしまい、
門前町も焼き払われて、焼け出され行き場のない人々が数多く出てしまいました。
そこで幕府が住まう地域として分け与えたのが、
現在の住みたい街ランキング常連の吉祥寺界隈のエリアだったのだそうです。
随分遠くに住まわせたものだなあと思いますが、それほどひどい火事であったのだと思われます。
吉祥寺の門前町からやって来た人々が多く暮らしているため「吉祥村」と呼ばれるようになり
やがて吉祥寺が地名になった…というわけです。
その後、本体の吉祥寺の方は文京区駒込に新たに再建、
幕末には三人吉三の芝居のロケーションとして選ばれたのであります。
元ネタである八百屋お七といい、土左衛門伝吉割下水の発祥といい、
三人吉三という演目を通じ江戸の街の人々がいかに火事に翻弄されて生きてきたかがわかるようですね。
地図
参考文献:歌舞伎登場人物事典/百科事典マイペディア/日本大百科全書(ニッポニカ)/産経ニュース