先日お話したばかりの南座「六月南座超歌舞伎」や、「ニコニコネット超会議2020」での「超歌舞伎 Supported by NTT」、7月からの上演が予定されていたIHIステージアラウンド東京「スーパー歌舞伎II(セカンド) ヤマトタケル」の、全日程中止が発表されました。
心が少しずつ折れていくような感覚を覚えますが、今は我慢のしどきかと思います。また華やかな舞台を拝見できる日のためおうちで過ごす時間を最大限増やし乗り越えてまいりましょう。
新型コロナウイルス感染拡大防止の影響で三月大歌舞伎は全日程が中止に。
先月より、昼の部で上演される予定であった「新薄雪物語」のあらすじをお話しておりました。
今回は上演が叶いませんでしたが、古典の名作の一つですので、配役は変われどもいつの日か必ず上演されるはずであります。その際のお役に立てるよう、引き続きお話してまいります。
こまめに手を洗いながらこの難局を生き延び、いつの日か拝見できる日を心待ちにいたしましょう!
鍛冶屋
新薄雪物語(しんうすゆきものがたり)は、1741年(寛保元)5月に大坂は竹本座にて人形浄瑠璃として初演され、その3か月後に歌舞伎に移されて京都の早雲座で初演された演目。
17世紀に刊行された人気小説であった仮名草子の「うすゆき物語」や、それに続いて出版された浮世草子の「新薄雪物語」を題材としたものであります。
本当にざっくりとお話いたしますと、
①若い男女が互いに相思相愛になるのだが、
②いろいろあって天下調伏の疑いをかけられてしまい、
③それぞれの父親が命をかけて二人を守ろうとする
というものです。桜の花の咲き乱れる美しい舞台のなかで繰り広げられる、重厚な悲劇であります。子が親のために命を差し出す芝居はたくさんありますが、親が子のために…という芝居は割と珍しいものです。
主軸はシンプルなのですが人間関係はいろいろと複雑。詳しいことはさておいて、登場人物の見た目でどんな人なのか判断しながら見ていくと内容がわかりやすくなるのでおすすめです。
ここまでは先月上演される予定であった花見・詮議・広間・合腹の順に、舞台の上で起こるはずのことを少し詳しくお話してまいりました。
このあとには正宗内という場面が続きます。毎回上演されるわけではない比較的レアな場面ですが、せっかくですのでこちらも併せてお話してみたいと思います!
「花見」はこちらで
「詮議」はこちらで
「広間」はこちらで
「合腹」はこちらで
ここまで「恋に落ちた薄雪姫と園部左衛門を守るため、それぞれの父親が命をかける」という悲劇が展開されてきましたが、そういえば、発端の場面花見に出てきた刀鍛冶の団九郎や来国俊はいったいどうなったのでしょうか?
団九郎は秋月大膳の手下となり影の太刀に天下調伏の鑢目を入れた人物、来国俊は若君の守り刀を打つ依頼を受けて影の太刀を打ち上げた来国行の息子で、父親からは勘当を受けていた人物でしたね。
正宗内ではこれまでと雰囲気ががらりと変わり、この二人に関する物語が展開してゆきます。
②では、団九郎が来国行の影の太刀を盗み出した理由と、父の正宗が団九郎の思惑通りにやる気スイッチを押されたくだり、と、そんなところへ何者かがやってきて云々というところまでお話いたしました。
奴を伴い花道よりやってきたさむらいは、花見の場面にも登場した渋川藤馬。わるもの秋月大膳の手下で、薄雪姫付きの腰元・籬に惚れていた男であります。
籬の恋人である園部左衛門の奴・妻平からド派手な大立ち回りでもってこてんぱんにやっつけられてしまったはずでしたが、命はあって元気にしていたようです。
渋川藤馬が、出迎えた団九郎に語るには、「このあたりに園部左衛門と薄雪姫が隠れて暮らしているという情報を大膳さまがキャッチしていて、その命令で詮議して周っている」とのこと。
そして、大膳さまから団九郎への「刀のことで用事があるので、屋敷に来るように」との呼び出しのメッセージを伝えに来たのでした。
それを聞いた団九郎は、大張り切り。藤馬の奴とともに大膳の屋敷へと出かけていきます。花道をのっしのっしと退場していく姿がカッコいい場面です。
一方で、藤馬は団九郎の家に残り、美人のおれんに会わせるようにと下女のお杉に頼んで奥へと入ってゆきました。籬に惚れていたはずの男ですが、とにかく美しい女性に目がないようであります。
歌舞伎ではこういった「間抜けでセクハラ体質な男が悪役の手下」という図式がよくあり、場面におかしみを醸し出すとともに、ほかのヒーローや色男、悪役などのカッコよさをググっと引き立ててくれます。
そんな藤馬が奥へ入るのと入れ違いに、お父さんの正宗と一間でくつろいでいたおれんがこっそりと姿を現し、奥へ向かって吉介ちょっと来て…とそっと声を掛けます。
するとのれんの奥から、満を持して白塗りの美男・吉介が登場。冒頭、職人さんや下女のお杉がうわさしていた通り、期待を裏切らない良い男であります。
そのような良い男が父の弟子なのですから、おれんも大好きで、ああ吉介と夫婦になりたい夫婦になりたいと願っています。
しかしながら吉介は、師匠の正宗から刀鍛冶の仕事にとって肝心の「焼き場の湯加減」については教えてもらっておらず、困っていました。
そこで吉介は「ぜひおれんさんからの口添えで湯加減を教えていただきたいんです…それが叶ったら夫婦になりましょうね」と言いだします。
こういった条件付きの約束はなんだか非常に嫌な予感がするものですが、おれんさんはとにかく夫婦になりたくて盲目的になっていますから、「お父さんに言うわね、約束よ」と承諾してしまいました。
と、そんなところへ、二人のラブラブなようすを奥からこっそり見ていた藤馬が乱入。
「ちょっと顔が良いからって、いけすかないぞ、おれんと俺の中を取り持て」などと言いながら吉介にからむものの相手にされず…などといった愉快なくだりを経て場面転換となります。
このくだりは「仮名手本忠臣蔵 七段目 祇園一力茶屋の場」のパロディのような演出があるおもしろいポイントでもあります。併せてご覧になるとより愉快かと思います。
長くなりましたので、このあたりで次回へ続きます!
参考文献:新版歌舞伎事典/床本集/増補版歌舞伎手帖/歌舞伎登場人物事典/日本大百科全書(ニッポニカ)