歌舞伎ちゃん 二段目

『歌舞伎のある日常を!』 歌舞伎バカ一代、芳川末廣です。歌舞伎学会会員。2013年6月より毎日ブログを更新しております。 「歌舞伎が大好き!」という方や「歌舞伎を見てみたい!」という方のお役に立てればうれしく思います。 mail@suehiroya-suehiro.com

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東洲斎写楽「二代目岩井喜代太郎の左内女房藤浪と初代坂東善次の官太夫女房小笹」

昨今、部屋に散り散りになっていた本をジャンルごとにまとめる作業をしているなかで、「役者絵と描かれている演目、そして役者本人について調べて情報をまとめたい」という思いが抑えられなくなりました。途方に暮れてしまいそうな作業で遠ざけていたのですが、やるなら今しかなさそうです。

個人的な趣味で、備忘録がてらまとめておきます。随時情報を書き加えるつもりです。ご興味お持ちでしたらお役立ていただければ嬉しく思います。

前回: 東洲斎写楽「谷村虎蔵の鷲塚八平次」

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東洲斎写楽「二代目岩井喜代太郎の左内女房藤浪と初代坂東善次の官太夫女房小笹」

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出典:写楽in大歌舞伎

上演・・・寛政六年(1794)五月五日初日 河原崎座

演目・・・恋女房染分手綱

役名・・・左内女房藤浪/官太夫女房小笹

役者・・・二代目岩井喜代太郎/初代坂東善次

内容・場面

恋女房染分手綱

いわゆる「重の井子別れ」に至るまでの中盤部分

由留木家の家臣・伊達の与作は、奴の一平が悪党に大切な用金を盗まれる、腰元の重の井との不義が発覚するなど窮地に追い込まれ、由留木家を追放されてしまった。

用金を盗んだ悪党を雇った由留木家の家臣・鷲塚八平次は、執権・鷺坂左内の裁きを受ける。

二代目岩井喜代太郎

生没年:安永1年(1772)~弘化1年(1844)7月3日 享年73歳

名乗った期間:天明7年(1787)~文化1年(1894)10月

屋号:大和屋・江戸屋

名乗りの経歴:岩井かるも→二代目岩井喜代太郎→四代目市川八百蔵→四代目市川中車(実際には名乗っていないが数える)

当時の俳名:杜橋、杜井、梅車、扇蝶

四代目岩井半四郎の門弟

江戸の振付師三代目藤間勘兵衛の弟(門弟説も)

初代坂東善次

※歌舞伎俳優名跡便覧 第五次修訂版に記載見つけられず

  デジタル版 日本人名大辞典+Plusより

生没年:不明 文化末に没?

初代坂東善次→享和元年(1801)より初代坂東彦左衛門

俳名:善好、桃義

屋号:釣吉屋

二代目、三代目坂東彦三郎の門弟

引退後、築地に住む

まとめ

カッコイイ捌き役・鷺坂左内と、悪い家老・鷲塚官太夫。それぞれの妻たちを一つの画面に対比して描いている一枚です。

画面左の女形の役者二代目岩井喜代太郎がキリッとした美人風に描かれている反面、画面右の初代坂東善次の顔つきや身のこなしには男性っぽさが見えてしまっていますね。

初代坂東善次については情報少なくいろいろと不明点が多いのですが、敵役や半道敵として名をあげた役者だそうで、女形ではないからであります。

現代でもこうした悪い女形の役どころは立役の方がお勤めになることが多いですが、この時代からすでに定着していた演出なのですね。

 

余談ですが二代目岩井喜代太郎は、この名跡の次に四代目八百蔵を名乗っていたとのこと。

実は二代目沢村宗十郎の長男・三代目八百蔵が私の推しでありまして、三代目八百蔵が二代目助高屋高助を名乗りはじめたのと同じタイミングで二代目喜代太郎が四代目八百蔵を名乗ったようです。しかも、二人ともそろって名乗らずして「中車」の代に数えられているのですね…。一体どういったわけで四代目をこの方が名乗り、ともに中車となったのであろうかということが非常に気になります…ロマンを感じます。

参考文献:歌舞伎俳優名跡便覧 第五次修訂版/増補版歌舞伎手帖/写楽展/日本大百科全書/別冊太陽 写楽

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