ただいま歌舞伎座にて上演中の十月大歌舞伎!新型コロナウイルスの感染防止対策として幕間なしの各部完全入れ替え、四部制にて上演されています。
第二部で上演されている演目「双蝶々曲輪日記 角力場」にちなみまして、歌舞伎ならではのことばについてお話したいと思います。
さまざまなご事情でしばらく歌舞伎座へお出かけになることができない方にも、この先事態が終息した安心して芝居見物ができるようになった暁に何らかのお役に立てればうれしく思います。
突けば転びそうな男「つっころばし」
「双蝶々曲輪日記」は、江戸時代のスター職業であったおすもうさんたちが大坂を舞台に繰り広げる人間ドラマです。
今月上演されていたのは人気力士の濡髪長五郎が、恩義あるご贔屓の若旦那・山崎屋与五郎のためにアマチュア力士の放駒長吉にわざと負け、喧嘩別れになるという名場面「角力場」。もうひとつの名場面「引窓」では、わけあって人を殺めてしまった濡髪長五郎が実の母に一目会おうと出かけていくが、母には現在養子がいて…という家庭のドラマに移ります。
この物語のキーパーソンとなっているのが、濡髪長五郎が恩義を感じていた若旦那・山崎屋与五郎です。
濡髪が、正々堂々と勝負するというスポーツマンシップを破ってでも力になりたいと思い、ついには人まで殺めてしまうという、一人の立派なおすもうさんの運命を変えてしまうような男なのですが、舞台のうえではとてもそうは見えませんで、とにかく吾妻との恋や好きな相撲に夢中でなよなよとした頼りなげな人物です。
それでいて、男性がわざと女性のようにふるまってみせるというような人物像とは違い、女形の役者さんがお勤めになる女性の役のお芝居とも全く違う、独特のやわらかみと色気のある役どころであります。
さらに恋に溺れる軟弱でセクシーな色男というだけではなくて、大店の若旦那らしいおおらかさも加わっています。若旦那らしく上品でありながら、笑いを誘うようなコミカルさというのも重要なポイントです。
こうして言葉にしてみますととても複雑で、味わい深い役どころですね。
こうした山崎屋与五郎のような役どころは、上方の和事と呼ばれる演技・演出様式のなかのひとつで、「つっころばし」と呼ばれるものです。上方にしかない象徴的な役柄です。
つっころばしというのは語感のとおり、突けば転んでしまいそうなほど軟弱な男という意味であります。突けば転ぶ、突き転ばし、つっころばし、といった具合でしょうか。ちょっとやそっとではびくともしない筋肉隆々のマッチョでは絶対にないことがよく伝わる、見事な表現であるなと思います。
つっころばしの役はほかに、
夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ) 玉島磯之丞
心中天網島 河庄(かわしょう) 紙屋治兵衛
などがあります。
くまどりで暴れまわる江戸のヒーローもカッコよくて最高ですが、上方のつっころばしも可愛らしくて最高です!
上演の機会があれば、ぜひチェックなさってみてくださいませ。
参考文献:新版歌舞伎事典/大辞林/歌舞伎 加賀山直三