ただいま東京は歌舞伎座で開催中の十二月大歌舞伎
第四部で上演されている「日本振袖始(にほんふりそではじめ)」
日本神話のヒーローとヤマタノオロチの対決を描いた歌舞伎らしい舞踊劇で、今月は玉三郎さんと菊之助さんがご共演になり、劇場もにぎわっているのではないかなと思われます!
ひとまず過去にお話したものをまとめましたが、肝心の演目の内容についてはお話が手薄であったことがわかりました。舞踊劇ですからものすごく複雑なドラマが展開するというわけではないのですが、物語の前提や内容をお話してみます。上演時の条件によっていろいろ変更されたりすることもありますので、その点は何卒ご容赦願います。
「振袖始」とは
日本振袖始(にほんふりそではじめ)は1718年(享保3)2月に、大坂は竹本座で初演された時代物の人形浄瑠璃です。日本書紀や古事記に登場するヤマタノオロチとスサノオノミコトの伝説をもとにしたもので、作者はあの近松門左衛門であります。
元々の演目は全五段にわたる時代物浄瑠璃でしたが、その後しばらく上演が絶えていたようです。1971年(昭和46)に六台歌右衛門が五段目を義太夫節の歌舞伎舞踊として復活させ、平成10年に玉三郎さんが新たな振付で上演したことで今のような人気演目になりました。
前回までにあらすじをお話してまいりましたが、やはりなんともおもしろいのは「日本振袖始」という外題です。いまも成人式でお馴染みの振袖と、日本神話と、一体なんの関係があるのか気になるところかと思います。
成人式や前撮りのため振袖をお召しになった方は思い出していただきたいのですが、振袖はあらかじめ脇のあたりがぱかぱかと開いていて、袖がだらりと長いわりには体に熱がこもりにくく、風通しが良くなっていたのではないでしょうか。成人式は真冬ですから、ちょっと寒いなと思われた方もおいでかと思います。
この脇が開いている振袖の起原がスサノオと稲田姫にあるとしているのが、近松の「日本振袖始」なのであります。
その内容は四段目にあたる「素戔嗚尊道行」において描かれています。
スサノオノミコトは恋人の稲田姫が熱病にかかって苦しんでいたので、両袖の下、わきの下のあたりを切り開いて脇明けにし、病気を治してあげたのです。「熱中症になったら襟元をゆるめ、脇を冷やしましょう」という現代にも通じる現実的な冷却法なのがおもしろいですね。
さらにこの脇明けができたおかげで、稲田姫は剣を一振り隠し持つことができ、結果的にヤマタノオロチを退治することができたのでした。
それらを踏まえて「振袖」と呼ぶのである、これが日本の振袖のはじまりなのであるというわけです。
日本神話という非現実的な世界を題材にしながらも、妙に現実的な部分もあり、さすが近松だなあと思わずにはいられない斬新な切り口にうならされます。
参考文献:日本大百科全書/朝日日本歴史人物事典/歌舞伎舞踊における「衣裳」と動作の関連について 石田久美子/