ただいま歌舞伎座で上演中の三月大歌舞伎!
第二部で上演される「雪暮夜入谷畦道 直侍」は名作者河竹黙阿弥の作で、世話物と呼ばれるジャンルの名作として知られています。今月お勤めになっている菊五郎さんの直侍は、本当にしびれるようなカッコよさでたまらないものがあります。
先日、以前こちらのブログでお話したものをまとめました。
少しお話を加えていきたいと思います。何らかのお役に立つことができれば幸いです。
「ぶらぶら病」って何
雪暮夜入谷畦道(ゆきのゆうべいりやのあぜみち)は元の外題を天衣紛上野初花(くもにまごううえののはつはな)といって、1881(明治14)年3月に東京の新富座で初演されたお芝居。明治7年初演の作を前身とします。
うち実在の悪党をモデルとした片岡直次郎を主人公とする名場面が「雪暮夜入谷畦道(ゆきのゆうべいりやのあぜみち)」あるいは「直侍(なおざむらい)」の題名で今も上演されています。
主人公は、悪事のために追われ今夜中にも江戸を発たねばならないという状況にある片岡直次郎という男。降りしきる雪のなか、直次郎に会えず体調を崩して寮で養生している恋人の花魁・三千歳のもとへ向かうというお話です。
芝居のなかの会話によれば、三千歳が患っている病は「ぶらぶら病(やまい)」というもので、現代人にはなじみのない謎の病です。芝居を見るとおそらく恋わずらいのようなものだろうなとわかりますが、江戸時代には一体どのように考えられていたのかが気になっ、少しばかり調べてみました。
精選版 日本国語大辞典によれば、
ぶらぶら病
〘名〙 気鬱なやまい。とりたてて良くもならず悪くもならず長びいてはっきりしない病気。江戸時代、多く労咳(肺病)もしくは気鬱症、恋わずらいなどをいう。
とあります。
現代でいう、気分障害や心身症といったところでしょうか。恋わずらいは傍目に見ればたわいのないもののように思えますが、食欲不振や不眠などの症状はさまざまな病気につながりかねないものです。恋の苦しみによって人生を左右してしまうような物語も古今東西いくらもあり、侮れないものだなと思います。
驚いたのは、恋わずらいや気鬱などの心の問題ばかりではなくて、多くは労咳といった呼吸器の不調が「ぶらぶら病」と表現されていたことです。労咳といえば江戸時代から近代における肺結核の呼び名であり、当時は命を脅かす危険な病でしたが、呼吸器の病気というよりもむしろ心理的な病気と考えられていたようですね。
そのうえ結核には「痩せ型の華奢な美人の病」というイメージが重ねられていたようですから、「ぶらぶら病の花魁」というだけでも人々に独特の甘美なイメージを与えていたのかもしれません。
意味合いは変わりますが、現代でもスピードスケートや駅伝の選手の間で、突如として力が入らなくなる状態を「ぶらぶら病」「ぬけぬけ病」などというようです。いわゆる「イップス」とされる症状だそうですが、これらについてもいまだに心の問題、脳の問題、体の問題、とさまざまな考え方があるようで、人間の体は計り知れません。
参考文献:イミダス/精選版 日本国語大辞典/日本における結核の歴史 岩崎龍郎/江戸時代の医学書にみる結核観の変遷 鈴木 則子