歌舞伎ちゃん 二段目

『歌舞伎のある日常を!』 歌舞伎バカ一代、芳川末廣です。歌舞伎学会会員・国際浮世絵学会会員。2013年6月より毎日ブログを更新しております。 「歌舞伎が大好き!」という方や「歌舞伎を見てみたい!」という方のお役に立てればうれしく思います。 mail@suehiroya-suehiro.com

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やさしい桜姫東文章 その十一 「稲瀬川の場」の補足

24日まで歌舞伎座で上演されていた四月大歌舞伎

第三部「桜姫東文章 上の巻」は、孝夫時代の仁左衛門さんと玉三郎さんが孝玉コンビとして熱狂を巻き起こした伝説の舞台で、お二人による上演は1985年いらい実に36年ぶり。チケットも入手困難となり大きな話題を呼びました。

残念ながら緊急事態宣言により千穐楽を待たずに中止となってしまいましたが、後半にあたる「下の巻」が6月に上演されることもあり、せっかくの機会ですのでもう少しお話を続けたいと思います。何らかのお役に立てればうれしく思います。

稲瀬川の場 清玄はなぜ迫った

桜姫東文章(さくらひめあずまぶんしょう)は、大南北と呼ばれた江戸の鬼才・四世鶴屋南北の代表的な作品の一つです。

一言で申せば、愛した稚児を失った高僧・清玄と、自らを犯した釣鐘権助に惚れたお姫様・桜姫が、因果の渦に飲み込まれ転がり落ちていく物語であります。高僧は破戒して怨霊となり、姫は権助によって女郎屋に売られるという、複雑怪奇かつアウトローな世界観が魅力です。

 

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Seigen and Sakurahime Tsukioka Yoshitoshi LACMA Public domain

 

これまで初演時写本を補綴なさったという夕陽亭文庫さんの「櫻姫東文章」などをもとに、今回の上演内容に合わせてあらすじをお話してまいりました。

今回の上演では強調されなかったように記憶している部分に、解釈に重要なのではと思われる情報がありましたので、少し補足しておきたいと思います。該当箇所は「稲瀬川の場」です。差別的文言を含みますが、江戸時代当時のものとしてそのまま採用いたしますのでご了承くださいませ。

 

稲瀬川の場」は、桜姫と清玄が河原で晒し者となり、白菊丸を死なせた業の深さを思った清玄が破戒堕落を決意し、桜姫に祝言を迫るという場面でした。

参照:その⑥

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今回の上演では登場していませんが、実はこの場面には非人頭の番八なる人物が登場します。今日から高僧の清玄と高貴な桜姫が今日から非人の仲間になるというので、新人たちにいろいろと世話を焼きに来ているリーダーといったところのようです。

赤子を抱えて追い詰められた桜姫は、許嫁がありながら男にほだされて子供を産んだことや、その男が入間家より使いにやってきたことなどをとうとうと述べて、どうか許してくださいと清玄にすがっていました。

 

そんな話を聞いていた非人頭の番八は、桜姫に、このようなことを言うのです。

「いっそ、アノ、清玄さまに還俗させて、お前の亭主になされてはどうでござります。さうすれば夫婦暮しの共稼ぎ。左様なされませ、左様なされませ」

左様なさるとお前方は、わしらが仲間の足を洗って素人衆になられます。仲間へ祝儀を出しさへなされば、町人にでも百姓にでも、勝手な者になられまするよ」

 

番八は「清玄を俗人に戻して夫婦になれば、非人ではなく素人衆に戻れる」とアドバイスしたのであります。

これを聞いた桜姫は、深く考えずにすぐさまこんなことを言っています。

「モシ、清玄様、今あの者が申した通り、ならるることなら一時も早う、誠の人の交はりが致したい。どうぞ非人の手を放るる様に、力となって下さいませいナァ」

 

つまり、清玄に破戒堕落を誘ったのは桜姫の方ということになり、そのような大事をあまり熟考した気配もなく気軽に頼んでしまったらしいということがわかります。

いかに非人を逃れたいとはいえ、「夫婦になれば」という重い前提がついている情報を得て、このようなことを気軽に言えるでしょうか。権助はどうしたというところです。

 

最初は断っていた清玄でしたが、こちらもまた割と早めに承諾し

「破戒堕落の身となって、姫と改め一つ寝しませう」

と迫ります。

それに対して桜姫は

「エエ、アノ、自らを、清玄さまが」

とうろたえていたのであります。おいー!こらー!とツッコミたくなる反応です。

 

セリフをひとつひとつ辿ってみると、自分の人生を自分の手で翻弄するトラブルメーカーとしての桜姫がぐっと浮かび上がってきたように思うのですがいかがでしょうか。清玄が白菊丸の思いを越えて女性としての桜姫に性的に反応して関係を迫ったようにも見えてくる点といい、つくづくおもしろい人物描写だなあと思います。

 

 

参考文献:新版歌舞伎事典/歌舞伎手帖/櫻姫東文章/日本大百科全書

歌舞伎生世話物研究-『桜姫東文章』・『東海道四谷怪談』について― 渡辺荻乃

歌舞伎・清玄桜姫ものにみる「袖」のはたらき 松葉涼子

清玄桜姫物と『雷神不動北山桜』-『桜姫東文章』の場合- 山川陽子

あらすじ①~⑦

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