現在、渋谷のbunkamuraシアターコクーンで上演中の
コクーン歌舞伎 第十七弾「夏祭浪花鑑」
緊急事態宣言により11日まで上演中止となっていましたが、12日からいよいよ上演が始まりました。十八代勘三郎さんによるコクーン歌舞伎夏祭浪花鑑は海外でも上演された大人気作であり、今回の上演も大きな話題を呼んでいます。
せっかくですのでこの機会に、通常の古典の演出を基として、少しばかりお話いたします。今回の上演に限らず、何らかのお役に立てればうれしく思います。
三婦内の場 これでも色気がござんすか
夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)は、1745年(延享2年)7月に大坂は竹本座にて人形浄瑠璃として初演された演目。翌月には京都の都万太夫座にて歌舞伎として上演され、夏の定番演目として知られています。
ごく簡単な内容としては、ケンカがもとで牢屋に入っていた堺の魚売りの団七という男がシャバに戻り、これから心機一転がんばろうというところ、恩人のために強欲な舅を殺してしまう…という、ナニワのハードな物語であります。
当時の大坂の市井で暮らしていた、いわゆるヤンキー的な人々の姿を生き生きと描き、現在まで上演を重ねる人気作となりました。
色鮮やかな彫り物、ケンカ、泥水にまみれた殺し、といった強烈な視覚刺激とともに、男と女の生きざまが、泥臭く、かつカッコよく描かれています。スッキリとしてすかした侠客ではなくて、文字通り泥にまみれながら仁義に生きようとする男たちの姿が時代を超えて胸を打つのではないでしょうか。
そういえば現代のヤンキー漫画では大阪が舞台のものはあるのでしょうか、勉強不足で存じませんが、夏祭浪花鑑にも現代の人間に刺さるような漫画的な魅力があるように思います。
清書七以呂波 なつ祭 団七九郎兵衛・一寸徳兵衛 豊国
国立国会図書館デジタルコレクション
そんな夏祭浪花鑑について、現在の上演形態としてポピュラーな「鳥居前」「三婦内」「長町裏」の三つの場面構成であらすじをお話していきたいと思います。
上演時や文章上の様々な事情から内容が前後したり、言葉に細かな違いが生まれることがありますのでご了承くださいませ。
④では、祭りの準備で忙しい釣舟三婦の家に、一寸徳兵衛の妻のお辰が訪ねてくるところまでをお話いたしました。「鳥居前」から「三婦内」までの間の磯之丞周辺のゴタゴタについてもお話しております。団七はいろいろと大変な立場です。
この日、徳兵衛の妻・お辰さんは、徳兵衛が国の備中玉島へ帰ることになったので、三婦の家まであいさつにやって来たのでした。
三婦の妻のおつぎはお辰と初対面でしたが、お互いに喧嘩っ早い夫を持つ身ですので自然とおしゃべりが盛り上がってしまい、「馴れ馴れしいけれどちょっとお辰さんに頼みがあるんです…」と言い始めます。
頼みというのは「磯之丞さまがいろいろあって大坂にいられないので預かってくれないか」というものです。それを聞いたお辰は二つ返事で、預かりましょう、磯之丞さまのお父様の兵太夫さまにゆかりもありますしこちらで預かりますとも、と気持ちよく引き受けてくれました。
ああよかった、それではここに磯之丞さまを連れてきましょう…とおつぎは喜びます。
しかし、それを聞いていた三婦が、いいやそれでは俺の男が立たない、男の一分を捨てさせるのか、面を汚すのか女房コラ、と難色を示し始めました。
お辰さんというのは非常に意気地のある、2021年では問題視されるかもしれませんが、当時の価値観では「男勝り」と表現されるような女性です。老侠客の三婦から難色を示されても、何?男が立たぬ?一旦頼むと言われたからには3日でも預からないと、私も立ちませんよ、私のことも立たせてくださいよ、と一歩も引きません。
いや男が立たない、じゃあ理由を聞かせてくれ、と言いあううち、三婦はとうとう「お内儀の顔に色気があるゆえ」と本音を打ち明けました。
顔に色気がある、つまりお辰さんはとても美人なのです。三婦は、そんなお辰にあれほど女好きの磯之丞を預けてしまい、若い男と若い人妻の間に何か間違いがあったらいけないと心配しています。あの磯之丞ですものね。
お辰さんに対しこんなことを心配するのは失礼であるし申し訳ないんだけれども、どうかわかって下さい…あなたがもし不美人であれば徳兵衛も気にしないだろうし、世間も何も思わないだろうになあ…と三婦は嘆きます。現代の価値観では問題発言ですけれどもお許し下さい。
そう言われてしばらく言葉を失っていたお辰さん。
突然立ち上がると、祭の料理のために熱された鉄弓という鉄の棒を手に取って、自分の白い頬にジューッと押し当ててしまったのです…!そうして美しい顔に大やけどを作ってみせ、「これでも色気がござんすか」と。
そのすさまじいほどの心意気、男気に感心してしまった三婦は、磯之丞殿を頼みます…とお辰に預けることを決めました。
磯之丞の父親兵太夫は備中の玉島の生まれであり、徳兵衛とお辰にとってはお館筋。磯之丞を預からないと徳兵衛も自分も立たないので、親からもらった顔に傷をつけてでも預かる心をわかって下さい…とのお辰のことばを聞いて、おつぎさんは涙。
三婦も、徳兵衛は頼もしい女房を持ったなあ、生まれてくるときに物を落としてきたんだろうなあハハハ、と笑いながら、お辰と磯之丞と引き合わせるようにとおつぎを促しました。
と、そんなところへ、なにやら人が訪ねてきます。
長くなりましたので、このあたりで次回に続きます。
参考文献:新版歌舞伎事典/床本集/「もう少し浄瑠璃を読もう」橋本治