ただいま博多座で上演中の六月博多座大歌舞伎!
夜の部で上演されている「傾城反魂香」は近松門左衛門作の人気演目で、近ごろ非常に上演頻度が高くなっている演目です。直近では、昨年の12月に歌舞伎座と南座で同時に上演があったほどです。比較的古い時代のものながら現代人にも感情移入のしやすい演目ですので、初めての方にもおすすめです。
今回の博多座では、言葉の不自由な絵師の浮世又平を梅玉さん、支える妻のおとくを梅枝さんがお勤めになります。昼の部「与話情浮名横櫛」に続き梅枝さん大活躍ですね!
「傾城反魂香」について以前お話したものがいくつかありますので、ひとつまとめたいと思います。何らかのお役に立てれば幸いです。
傾城反魂香とは
傾城反魂香(けいせいはんごんこう)は1708年(宝永5年)に大坂で人形浄瑠璃として初演され、11年後の1719年(享保4年)に歌舞伎として上演された、比較的古い演目。日本のシェイクスピアとも呼ばれる近松門左衛門の作品です。
吃音症の又平が主人公ということで「吃又(どもまた)」という通称でも知られています。昔使用されていた言葉を通称になっているので、そのままご紹介しております。
まずは、本当に簡単に流れだけをまとめたあらすじがこちらです。もっと詳しくお話すべきことがたくさんありますので、機会を見てあらためてお話し直したいと思います。
又平が目指す「御用絵師」とはなにか?
素晴らしい絵の才能を持ちながらも、お土産ものとして売られる「大津絵」を描くばかりで功績を残すことができていない…というのが、この演目の主人公・浮世又平とおとく夫妻の大きな悲しみとして描かれています。又平の言葉が不自由ゆえです。
そんな又平が心の底からなりたいと願う「御用絵師」の仕事とは、どれほど立派なものであったのかということをお話しております。
又平が描いている「大津絵」とはなにか?
又平が生業としている「大津絵」は、江戸時代の人々の間でみやげ物として人気を博していました。確かに立派なお屋敷の襖絵などに比べると大きな差のつくお仕事ではありますが、今となっては「大津絵」も貴重な文化財として残されています。
浮世絵とはまたちがう「大津絵」というしなものについてお話した回がこちらです。
日本画の流派「土佐派」「狩野派」
又平の師匠である絵師の土佐将監は、名前にも冠しているように「土佐派」と呼ばれる日本画の流派の絵師であります。
芝居の中にはもう一つの流派「狩野派」の狩野雅楽之助も登場します。
二つの流派にはいろいろと特徴がありますので、そちらについてお話いたしました。
又平に元ネタらしき絵師あり
主人公の浮世又平後に土佐又平光起には元ネタと思しき絵師が2人いまして、それぞれについてお話した回をご紹介いたします。内容とは関係がありませんが、個人的にこれを知ったことで演目がよりおもしろくなったなあと感じています。
まず1人目は、又平が授かった名前そのままの土佐光起です。日本画の歴史を変えた偉大なる絵師であります。
そしてもう一人が、奇想の絵師・岩佐又兵衛。ずばり「浮世又兵衛」と呼ばれていた人物です。この方は浮世絵の祖、また大津絵の祖とも言われています。
調べてみますと、岩佐又兵衛自身も芝居のようなドラマチックな人生を歩んでいたのでした。現在も世界中で高く評価され、西洋絵画の歴史をも動かした浮世絵の始祖の可能性があると思うと、どんな状況に置かれても生き残って作品を残さなければならなかった方なのかもしれないなあと運命的なものを感じます。
公演の詳細