歌舞伎ちゃん 二段目

『歌舞伎のある日常を!』 歌舞伎バカ一代、芳川末廣です。歌舞伎学会会員・国際浮世絵学会会員。2013年6月より毎日ブログを更新しております。 「歌舞伎が大好き!」という方や「歌舞伎を見てみたい!」という方のお役に立てればうれしく思います。 mail@suehiroya-suehiro.com

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やさしい桜姫東文章 その十九 ざっくりとしたあらすじ⑫

ただいま歌舞伎座で上演中の六月大歌舞伎

第二部「桜姫東文章 下の巻」は、四月に上演された「桜姫東文章 上の巻」の完結編。桜姫東文章は、孝夫時代の仁左衛門さんと玉三郎さんが孝玉コンビとして熱狂を巻き起こした伝説の舞台で、お二人による上演は1985年いらい実に36年ぶり。チケットも入手困難となり大きな話題を呼んでいます。

この奇跡の上演を記念し、上の巻に引き続きお話してみたいと思います。上の巻の上演の際にお話したものはこちらにまとめてあります。

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桜姫東文章とは

桜姫東文章(さくらひめあずまぶんしょう)は、大南北と呼ばれた江戸の鬼才・四世鶴屋南北の代表的な作品の一つです。

一言で申せば、愛した稚児を失った高僧・清玄と、自らを犯した釣鐘権助に惚れたお姫様・桜姫が、因果の渦に飲み込まれ転がり落ちていく物語であります。高僧は破戒して怨霊となり、姫は権助によって女郎屋に売られるという、複雑怪奇かつアウトローな世界観が魅力です。

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その二では、70年代後半~80年代初頭にかけて起こった演劇史に残るムーブメント「T&T応援団」についてお話いたしました。SNSが発達し同じ趣味趣向を持つ人々の交流が容易になった現代に置き換えても、非常に特異な現象ではないかと思います。

2021年のいま仁左衛門さんと玉三郎さんの「桜姫東文章」を拝見できるのは、もとはと言えばT&T応援団の方々のおかげと言っても過言ではありません。感謝の念を深めております。

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源氏雲拾遺 桜人 清玄・さくら姫(部分)一勇斎国芳
国立国会図書館デジタルコレクション

岩淵庵室の場 所詮この身は毒食わば

ざっくりとしたあらすじをご紹介しております。初演時写本を補綴なさったという夕陽亭文庫さんの「櫻姫東文章」を参考にしつつ、なるべく今回の上演に即してお話してまいります。多少内容が前後したり、変更があったりする場合がありますがご了承くださいませ。

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⑪では、女郎屋に売られそうになっていた桜姫権助と再会。権助によって残月長浦が身ぐるみを剥がされ、庵室を追い出されたところまでをお話いたしました。

 

貧乏人の自分にお姫様育ちの桜姫を釣り合わせるため、人柄を悪くする稽古をしようと考える権助は、相談するところがあるからと庵室を去っていきました。

実は権助は、先ほど小塚原の女郎屋に相談しにいった勘六に掛け合い、桜姫を女郎屋に預けるつもりです。桜姫はどっちみち売られてしまうのです。

 

やがてあたりに雷がゴロゴロと鳴りだし、不穏な天気になります。

一人ぼっちで寂しい庵室に置いておかれ怯える桜姫。ひとまず身なりを整えようと鏡台に向かい、髪のほつれを直しているうち、床に転がっている香箱に気が付きました。

さらに、稲瀬川でちぎられた自分の振袖の片袖も落ちているではありませんか。

香箱に片袖…もしや、清玄さまがこのあたりにいるのではないか…とゾッとしたところへ、ゴロゴロと雷鳴が。

 

ああ怖い怖い、と思っているところ、ドーン!と草庵間近に落雷。

そのショックにより、なんと清玄が息を吹き返したのであります…!

 

ヨタヨタとゾンビのようによみがえった清玄は、あなたのせいで破戒僧になったのにつれないではないか、どうぞ願いを叶えてくだされ…と桜姫に縋り付いて離しません。

そして、白菊丸との因縁を語りだします。かつて私と契り、心中をして江の島の海に沈んだ稚児白菊こそが姫の前生、その手から香箱が出てきたのが証拠なのだから、因果の道理をわきまえて、どうか色よい返事をしてくれと迫るのです。

 

しかし桜姫は、たとえ前生がどうであろうと応えられませんと頑なに応じません。

断られた清玄はついに、そなたを刺し殺して私も自害する、未来で添い遂げようと言い出し、出刃を持って桜姫に襲い掛かります。

抵抗する桜姫と激しくもみ合ううち、清玄は先ほど権助が掘った墓穴に転落。運悪く出刃がのどに突き刺さって、ふたたび命を落とします。アメリカのホラー映画のような場面です。

 

正当防衛とはいえ人を殺めてしまった桜姫がうろたえているところへ、軽薄な権助がへらへらと戻ってきました。

いい仕事が見つかったから下品なふるまいを覚えてきなよと言って、権助桜姫を小塚原の女郎屋へ向かわせるべく庵室を後にします。

 

二人が花道を行きかかると、おどろおどろしい気配が漂いはじめ、清玄の人魂がボワンと灯って桜姫を追いかけてきました。

あれあれあれと怯える桜姫に、どうしたのだ、と聞く権助

桜姫権助の顔を見ると、なんとその片頬が清玄と同じく紫色に変化していたのです…!

 

霊になった清玄は、権助に念を移してまで桜姫を追いかけてきたのでしょうか。

もはやこの身は清玄の因果からは逃れられないのだと悟る桜姫は「所詮この身は毒食わば」と覚悟を極め、その場を立ち去っていくのでした。

 

ここまでで「岩淵庵室の場」は幕となり、「山の宿町権助住居の場」に続きます。

余談ですが夕陽亭文庫さんの「櫻姫東文章」によると、初演時写本には権助の小指がないという描写があったようですよ。

「小指は…」と聞く桜姫に、権助が「この前、吉原(仮営業所)で心中立てに切ったよ」と平気で答えるという流れでした。強烈なエピソードです。 

 

参考文献:新版歌舞伎事典/歌舞伎手帖/櫻姫東文章/日本大百科全書

歌舞伎生世話物研究-『桜姫東文章』・『東海道四谷怪談』について― 渡辺荻乃

歌舞伎・清玄桜姫ものにみる「袖」のはたらき 松葉涼子

清玄桜姫物と『雷神不動北山桜』-『桜姫東文章』の場合- 山川陽子

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