歌舞伎ちゃん 二段目

『歌舞伎のある日常を!』 歌舞伎バカ一代、芳川末廣です。歌舞伎学会会員・国際浮世絵学会会員。2013年6月より毎日ブログを更新しております。 「歌舞伎が大好き!」という方や「歌舞伎を見てみたい!」という方のお役に立てればうれしく思います。 mail@suehiroya-suehiro.com

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やさしい桜姫東文章 その二十二 ざっくりとしたあらすじ⑯

二十ただいま歌舞伎座で上演中の六月大歌舞伎

第二部「桜姫東文章 下の巻」は、四月に上演された「桜姫東文章 上の巻」の完結編。桜姫東文章は、孝夫時代の仁左衛門さんと玉三郎さんが孝玉コンビとして熱狂を巻き起こした伝説の舞台で、お二人による上演は1985年いらい実に36年ぶり。チケットも入手困難となり大きな話題を呼んでいます。

この奇跡の上演を記念し、上の巻に引き続きお話してみたいと思います。上の巻の上演の際にお話したものはこちらにまとめてあります。

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桜姫東文章とは

桜姫東文章(さくらひめあずまぶんしょう)は、大南北と呼ばれた江戸の鬼才・四世鶴屋南北の代表的な作品の一つです。

一言で申せば、愛した稚児を失った高僧・清玄と、自らを犯した釣鐘権助に惚れたお姫様・桜姫が、因果の渦に飲み込まれ転がり落ちていく物語であります。高僧は破戒して怨霊となり、姫は権助によって女郎屋に売られるという、複雑怪奇かつアウトローな世界観が魅力です。

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その二では、70年代後半~80年代初頭にかけて起こった演劇史に残るムーブメント「T&T応援団」についてお話いたしました。SNSが発達し同じ趣味趣向を持つ人々の交流が容易になった現代に置き換えても、非常に特異な現象ではないかと思います。

2021年のいま仁左衛門さんと玉三郎さんの「桜姫東文章」を拝見できるのは、もとはと言えばT&T応援団の方々のおかげと言っても過言ではありません。感謝の念を深めております。

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源氏雲拾遺 桜人 清玄・さくら姫(部分)一勇斎国芳
国立国会図書館デジタルコレクション

山の宿町権助住居の場 清玄の霊が明かす事実

ざっくりとしたあらすじをご紹介しております。初演時写本を補綴なさったという夕陽亭文庫さんの「櫻姫東文章」を参考にしつつ、なるべく今回の上演に即してお話してまいります。多少内容が前後したり、変更があったりする場合がありますがご了承くださいませ。

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⑮では、「風鈴お姫」の異名を取って女郎屋で評判となった桜姫が、お姫様言葉と女郎言葉が入り混じるおかしなようすに仕上がっていたということ、そして有明仙太郎お十の夫婦が、実は桜姫救出のために潜伏していた吉田家ゆかりの人々であるということが明らかになりました。

 

お十を載せた駕籠が小塚原へ向かうと、家に残った権助桜姫が寝具に寝転んで話を始めました。前の場まではそなただけが頼りと権助に縋っていた桜姫ですが、もうすっかり強い女になっています。

今夜もお前の所に化け物が出るのかな、何時頃に出るんだろうな、などという話になり、権助は戸棚にしまっていた自分の刀を持ってきて桜姫に渡します。幽霊が来たら、これでスッパリと斬ってしまえというのです。幽霊は刀では切れないと思いますが。

 

と、そんな風に話をしているうちに、使いの男が権助を訪ねてきます。

町内に寄り合いがあり、権助さん以外はみんな揃っているので早く来てください、とのこと。権助はこれを渋りますが、「八百善の仕出しが出ますよ」との一言で、そいつは行かずばなるまいと心を変え、いそいそと出かけていきます。

 

八百善は1717年に浅草で創業した江戸会席料理の老舗であり、現代においても高級店として有名です。文人や画家から富裕層、将軍家までもが利用する江戸随一の名店として知られ、ハイソサエティのサロンというような存在でした。ですので、出世を狙う野心家の権助にとっては魅力的な響きであったはずです。

思えば権助は、悪人とはいえ常に仕事はしているのですよね。割と社会性のある悪人というところでしょうか。考えれば考えるほどおもしろいキャラクターだなと思います。

 

権助が行ってしまい、一人になった桜姫

泣きわめく捨て子を見ながら、思えばわらわもこのようなみどり子を捨てて、今では姿も言葉遣いもこんなにあさましくなってしまった…としばし感傷に浸り、煙草で一服しようとします。

すると、そばにあった行燈がスルスルするとひとりでに動き出し、当たりは真っ暗に。ドロドロドロと恐ろし気な音がして、どこからか清玄の霊が忽然と現れます。

 

しかし桜姫はすっかり肝が据わっていて、清玄の霊に向かってキッと啖呵を切ります。ここのセリフがカッコいいので、夕陽亭文庫さんの「櫻姫東文章」より一部を抜粋してご紹介いたします。

コレ幽霊さん、イヤサ、そこへ来ている清玄の幽霊どの。付きまとうほどの性があらば、ちっとは聞き分けたがいいわな。(中略)

最初はこの身に怖げ立ち、いとしやとも、不憫なとも、因果の道理とも思いしに、毎夜のことゆえ慣れっこになって、怖くないよ。(中略)

サ、消えなよ、消えなよ。消えな、帰りな。エエ聞き分けのわるい。坊主客はこれが鬱陶しい。(中略)

神祇官の吉田の館、禁庭の御政ことを執り行う少将惟貞、どうして死霊が来られよう。今こうしたしがねえ身になっていると思って、自らを見くびって、壁に見たゆえ付きまとうのか。

世に亡き亡者の身をもって緩怠至極。エエ、消えてしまいねえよ。

 

こう言われた清玄は、①権助は清玄の実の弟②ここにいる捨て子は桜姫と権助の子、という2つの驚くべき事実を明かし、姿を消してしまいます。

思いがけないことに驚いた桜姫は捨て子を抱きしめ、我が子の顔もろくに覚えていられなかった自分の因果を嘆きます。

 

そんなところへ、寄り合いに行ってベロベロに酔っぱらった権助が帰ってきました。

ここから桜姫はさらに衝撃の事実を知ってしまうことになるのですが、このあたりで次回に続きます。 

 

参考文献:新版歌舞伎事典/歌舞伎手帖/櫻姫東文章/日本大百科全書

歌舞伎生世話物研究-『桜姫東文章』・『東海道四谷怪談』について― 渡辺荻乃

歌舞伎・清玄桜姫ものにみる「袖」のはたらき 松葉涼子

清玄桜姫物と『雷神不動北山桜』-『桜姫東文章』の場合- 山川陽子

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