歌舞伎ちゃん 二段目

『歌舞伎のある日常を!』 歌舞伎バカ一代、芳川末廣です。歌舞伎学会会員・国際浮世絵学会会員。2013年6月より毎日ブログを更新しております。 「歌舞伎が大好き!」という方や「歌舞伎を見てみたい!」という方のお役に立てればうれしく思います。 mail@suehiroya-suehiro.com

広告

やさしい桜姫東文章 その二十三 ざっくりとしたあらすじ⑰

二十ただいま歌舞伎座で上演中の六月大歌舞伎

第二部「桜姫東文章 下の巻」は、四月に上演された「桜姫東文章 上の巻」の完結編。桜姫東文章は、孝夫時代の仁左衛門さんと玉三郎さんが孝玉コンビとして熱狂を巻き起こした伝説の舞台で、お二人による上演は1985年いらい実に36年ぶり。チケットも入手困難となり大きな話題を呼んでいます。

この奇跡の上演を記念し、上の巻に引き続きお話してみたいと思います。上の巻の上演の際にお話したものはこちらにまとめてあります。

www.suehiroya-suehiro.com

桜姫東文章とは

桜姫東文章(さくらひめあずまぶんしょう)は、大南北と呼ばれた江戸の鬼才・四世鶴屋南北の代表的な作品の一つです。

一言で申せば、愛した稚児を失った高僧・清玄と、自らを犯した釣鐘権助に惚れたお姫様・桜姫が、因果の渦に飲み込まれ転がり落ちていく物語であります。高僧は破戒して怨霊となり、姫は権助によって女郎屋に売られるという、複雑怪奇かつアウトローな世界観が魅力です。

www.suehiroya-suehiro.com

その二では、70年代後半~80年代初頭にかけて起こった演劇史に残るムーブメント「T&T応援団」についてお話いたしました。SNSが発達し同じ趣味趣向を持つ人々の交流が容易になった現代に置き換えても、非常に特異な現象ではないかと思います。

2021年のいま仁左衛門さんと玉三郎さんの「桜姫東文章」を拝見できるのは、もとはと言えばT&T応援団の方々のおかげと言っても過言ではありません。感謝の念を深めております。

f:id:suehirochan:20210614214245j:plain

源氏雲拾遺 桜人 清玄・さくら姫(部分)一勇斎国芳
国立国会図書館デジタルコレクション

山の宿町権助住居の場 まさかの都鳥

ざっくりとしたあらすじをご紹介しております。初演時写本を補綴なさったという夕陽亭文庫さんの「櫻姫東文章」を参考にしつつ、なるべく今回の上演に即してお話してまいります。多少内容が前後したり、変更があったりする場合がありますがご了承くださいませ。

www.suehiroya-suehiro.com

⑯では、一人になった桜姫のもとに清玄の幽霊が現れ、権助は自分の実の弟であること、権助が拾った捨て子は桜姫権助の子であることを明かして消えていったところまでをお話いたしました。母親ながら我が子と再会していることにも気が付けない身の因果を嘆く桜姫であります。

 

さて、そんなところへ、寄り合いで八百善の仕出しを楽しんでべろべろに酔っぱらった権助が帰宅してきました。

捨て子なんて放っておいて寝よう寝ようと桜姫にくだを巻いているうち、権助は袂から一通の手紙を落としてしまいます。桜姫がこれを取ってみると、「松井源吾様へ 信夫の惣太」との宛名書き。

松井源吾はお家乗っ取りを企んでいた吉田家の家臣です。なぜ権助が松井源吾への密書を持っているのか…ひとまず桜姫は、そっとこの手紙を懐にしまいます。

 

すでに酔っ払っているのに更に酒を飲みたがる権助は、お酒を一杯ひっかけながら、お前はお姫様だが、俺だって最初から下僕でも穴掘りでもない、元はさむらいだわな…などとぶつくさ言い始めました。

さむらいの時の名は信夫の惣太でしょ、と桜姫が鎌をかけると、よく知っているなぁと乗ってしまう権助。これで密書の書き手は権助と知れました。

 

なおも権助は酒をあおり、俺もさむらいだ、しかもこれからこいつを使ってとんでもない大出世をするんだぜ…などと言いながら、首から下げていた守り袋のようなものを取り出します。

権助いわく、これは「都鳥の一巻」という品。吉田家が紛失し、取り潰しの憂き目を見ることとなった家宝そのものであり、桜姫の転落人生のトリガーともいえるような品であります。

 

 

動揺を押し殺しながら、なぜあなたがそれを持っているのよと何気なく問う桜姫

都鳥の一巻の持ち主・吉田の少将は、この刀で殺して盗った。それから隅田川で、若衆も殺してやった。一巻を狙う入間悪五郎も殺した。俺はそのうち釣鐘権助守酒樽之呑佐という大名になるんだ…誰にも言うなよ、へへへ。

などと権助は、べらべらととんでもないことを暴露したのです。つまり、桜姫の父と弟松若を殺し、都鳥の一巻を奪った仇こそが権助だったのであります。

 

ふと我に返ってか、いやまあ今話したのは全部嘘だよ、嘘嘘。などと言いながら、情けなくもグーグー寝入ってしまった権助

そのすきに桜姫は、権助が「都鳥の一巻」と言っていた品を開いて確認、まさしくお家の重宝であることを確かめます。証拠の密書もそろっており、吉田家の再興が叶うチャンスがようやくやって来たのです。

 

父と弟の仇と知ったからには、権助はもちろん、その血を引いた我が子も殺さねばなりません。桜姫はためらいつつも、父の命を奪った権助の刀で我が子を手にかけます。そして権助もひと思いに斬りつけて殺し、都鳥の一巻を携えるのでした。

 

ここまでで「山の宿町権助住居の場」は幕となり、次回はいよいよ大詰となります。 

あれほど恋していた権助を、まるで夢から覚めたかのように殺してしまう桜姫。現代の感覚とは違いますが、桜姫は恋愛などの個人的な感情よりも家の存続を優先すべしという価値観の社会に生きているためそうなるのです。狂乱したわけではありません。

また酔って自慢話のように墓穴を掘る権助の無様さも、これまで腹の底で何を思って生きてきたのかを想像させるようで、絶妙に面白いなと思います。桜姫に手を出したのも、高みのものを手に入れてやったという思いだったのでしょうか。現代にも通ずるような人間の醜悪さがよく表れていて見事です。

 

参考文献:新版歌舞伎事典/歌舞伎手帖/櫻姫東文章/日本大百科全書

歌舞伎生世話物研究-『桜姫東文章』・『東海道四谷怪談』について― 渡辺荻乃

歌舞伎・清玄桜姫ものにみる「袖」のはたらき 松葉涼子

清玄桜姫物と『雷神不動北山桜』-『桜姫東文章』の場合- 山川陽子

Copyright © 2013 SuehiroYoshikawa  All Rights Reserved.