歌舞伎ちゃん 二段目

『歌舞伎のある日常を!』 歌舞伎バカ一代、芳川末廣です。歌舞伎学会会員・国際浮世絵学会会員。2013年6月より毎日ブログを更新しております。 「歌舞伎が大好き!」という方や「歌舞伎を見てみたい!」という方のお役に立てればうれしく思います。 mail@suehiroya-suehiro.com

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【東海道四谷怪談】お岩さんとお歯黒と鵜の羽

先日まで歌舞伎座で上演されていた九月大歌舞伎 第三部「東海道四谷怪談

仁左衛門さんの民谷伊右衛門と玉三郎さんのお岩の配役では38年ぶりという記念すべき舞台でした。

つい息を潜めて見てしまうような緊張感あふれる芝居の中で、玉三郎さんのお岩が鉄漿(かね/おはぐろ)をつけ、髪を梳く場面が特に鮮烈に印象に残っています。

全ての真実を聞かされたお岩が、伊藤家を訪ねるため病んだ体を押して女性としての身だしなみを整える姿の悲しさ。そして口からはみ出した鉄漿が恐ろしかったです…。

鉄漿をつけている仕草を見るうち、鉄漿というのはどういったものだったのか気になりまして、少しばかり調べてみました。興味にまかせたとりとめもない内容ですがご興味をお持ちでしたら…

お岩さんと鵜の羽

江戸時代の普通の家の女性が使う鉄漿は、小さな壺に入れた濃い茶の中に古釘などの鉄くずと五倍子(ふし)の粉を混ぜた液体であり、鳥の羽や細い枝で作った刷毛のようなもので歯に塗って使っていたそうです。五倍子にはタンニンが含まれていて、歯の健康にも役立っていたといいます。

ただこの液体がとても臭いものだったそうで、通常は朝、家族が目覚める前に塗るものだったようです。お岩が夜に塗り出したのは通常の風習とは違う行動で、当時の観客には違和感を与えるものだったのだと思います。

 

お岩が鉄漿をつけようとするのを宅悦が「産婦のお前が…」と止めて、お岩が「大事ない」と言い張って強行する場面がありましたね。これには注釈として

産婦が褥内にあるうち、四十九日はけがれがあるとして、かねもつけず、髪も結わなかった

と岩波文庫「東海道四谷怪談」には書かれていますが、日本大百科全書には

「赤子に白歯を見せるものではない」などという言い習わしもできて、子供の生まれるときに歯染めをする例もある。

とあり、産後の鉄漿には諸説あるようです。もし岩波文庫の注釈が違っているとしたら、なぜ宅悦は止めたのでしょうね。

 

また本間正幸氏の「『東海道四谷怪談』私見」によれば、髪梳きの場面のお岩の姿は山東京伝の『八重霞かしくの仇討』の鵜の羽の影響があるとする見方もあるそうです。

鵜の羽は、妾への強烈な嫉妬心を発端として人としての道を外し始めた結果怨霊と化し、巨大化してプロレスラーの毒霧のように口から鉄漿を吹き付けたというおそろしい女性です。

鵜の羽の姿はちょうど国会図書館デジタルコレクションで見ることができました。

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これは怖いですね…!確かにお岩さんの口からはみ出した鉄漿に影響を与えていそうな強烈なビジュアルです。

とはいえ鵜の羽は生前から悪人の性根を周りに発散していたのに対し、生前のお岩さんはただひたすらに我慢に我慢を重ねていた点は大きく違います。そう考えると鵜の羽の方がずっとポップな見た目のようにも思えてきます。肩に「う」と書いてありますし。

 

東海道四谷怪談の演出にはほかにもいろいろなルーツがあるようです。気持ちが元気な時に集めていきたいと思います。

 

参考文献:岩波文庫「東海道四谷怪談」鶴屋南北作/「東海道四谷怪談 私見」本間正幸/日本大百科/ポーラ

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