歌舞伎ちゃん 二段目

『歌舞伎のある日常を!』 歌舞伎バカ一代、芳川末廣です。歌舞伎学会会員・国際浮世絵学会会員。2013年6月より毎日ブログを更新しております。 「歌舞伎が大好き!」という方や「歌舞伎を見てみたい!」という方のお役に立てればうれしく思います。 mail@suehiroya-suehiro.com

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やさしい天衣紛上野初花 河内山 その七 ざっくりとしたあらすじ② 上州屋質見世の場

ただいま歌舞伎座で上演中の三月大歌舞伎

第三部で上演されている「天衣紛上野初花 河内山」は、幕末から明治期に活躍した名作者・河竹黙阿弥の人気演目として知られています。河竹黙阿弥の作品といえば七五調のセリフが特徴です。今月は主人公の河内山を仁左衛門さんがお勤めになっています。

この演目についてはこれまでもこのブログでお話いたしましたが、内容などについて少しばかりお話を追加していきたいと思います。芝居見物やテレビ放送、配信などの際、何らかのお役に立つことができればうれしく思います。

過去のお話は最下部にまとめのリンクを張り付けておきます。よろしければご一読ください。

ざっくりとしたあらすじ② 上州屋質見世の場

河内山(こうちやま)は、明治7年初演の作を前身とし1881(明治14)年3月に東京の新富座で初演された芝居「天衣紛上野初花(くもにまごううえののはつはな)」 のうち、河内山宗俊を主人公とする名場面を称します。

天衣紛上野初花(くもにまごううえののはつはな)」にはもう一人・直侍(なおざむらい)という男を主人公とする場面もあります。こちらは風情ある恋の名場面です。素敵ですので上演の際にはぜひにとおすすめいたします。

 

河内山宗俊は文政のころに職権を乱用した悪事を重ねて捕まった江戸城の坊主衆・河内山宗春がモデル。江戸の犯罪者たちは、芝居や講談、錦絵などの人気キャラとなり、人々の楽しみに一躍買っていたようです。「河内山」は河竹黙阿弥が手掛けた明治に入ってからの演目ですが、そういった江戸風情を描き出している最後期の作品のひとつです。

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河内山新狂言松江侯屋舗之場 九代目團十郎

国立国会図書館デジタルコレクション

 

ざっくりとした内容としてはこのようなものです。

①お数寄屋坊主の河内山は、質屋の上州屋で、松江家に奉公している娘のお藤がトラブルに巻き込まれていると聞かされ、トラブル処理を二百両で引き受ける

②松江家では考えが浅くすぐにキレる主人の松江出雲守のために、お藤はじめみんなが困り果ててている

③そこへ、高僧のフリをした河内山が潜入してきて、松江出雲守を説得しながら追いつめ、お藤を上州屋に返すと約束させる

④帰り際、松江家の内部の人間にお数寄屋坊主の河内山だと正体がバレてしまう

⑤しかし河内山は開き直って一喝、悠々と去っていく

河内山のお数寄屋坊主という立場を生かしただましの手口がおもしろいところなのですが、現代ではなじみの薄い職業かと思います。その点も含めて詳しい内容についてお話してまいります。

お勤めになる方や上演のタイミングなど、様々な理由で演出が変更となることがあります。内容が前後したり固有名詞が変わったりすることがありますが、何卒ご了承くださいませ。

 

まずは序幕の「上州屋質見世の場」からお話いたします。

上州屋という釣具屋さんのような名前の質屋さんの店先です。舞台の上手側に蔵のような黒塀の大道具が建てられ、質札や質に入れた品物、帳面などの小道具が置かれるので質屋とわかります。

場所は下谷の長者町、今でいう台東区の上野あたりです。いかにも裕福そうな地名で、もとは拝領屋敷などがあった地域のようです。

 

上州屋の店先では、番頭の伝右衛門さんや幼い丁稚の長松たちが仕事に精を出しています。

質屋は信用第一の仕事です。にもかかわらず長松が、「番頭さんがおかみさんのところへ夜這に入ったのを見た」と言い出したので大変です。店先でそんな話をされては店の信用に関わりますから、番頭さんは長松を黙らせようと暴力行為に及ばんとします。

大人をなめている丁稚と、やりこめられる番頭というのは、世話物の演目でよくあるおもしろシーンです。

 

そんなゴタゴタのなか、道行姿で颯爽と現れたのはお数寄屋坊主の河内山宗俊(こうちやまそうしゅん)。上州屋へ入店すると、桑でできた木刀を出して、五十両という大金を貸してほしいと申し出ます。

桑の木刀はとてもそんな高価な品ではないので、一同はエッと驚いてしまいます。しかし河内山は「これは紀州家から拝領したものであり、この河内山の名前がつけば桑の木刀も高級品の伽羅同然だ」とずいぶん大きな態度です。

 

なぜ河内山がこんなに偉そうなのかと申しますと、お坊主衆のお数寄屋坊主であるからです。

お坊主衆というのはその名の通り坊主頭の集団なのですが、僧侶ではありません。江戸城において、将軍や大名たちのお世話をしたり、お茶会などを開いたりする仕事のことを言います。なかでもお数寄屋坊主は、茶道の接待を担当するお仕事でした。

身分は高くないのですが、勤務地が江戸城であり、大名たちとも交流があり、さらには将軍様と近くでお話ができるというのは、かなりのステータスです。

 

たとえば都心の一流企業ビルですとか、テレビ局ですとか、国会議事堂などのお掃除や食堂などで働くとなれば、雇用形態そのものは非正規であっても、有名な重要人物のそば近くで接する機会を頻繁に得たり、良い気分になったり、人によっては自分が周りよりも偉いような気がしてくるということも、あるのではないかと想像します。

江戸時代においてはそれよりもさらに桁違いの権威であり、いろいろな秘密にも通じることもあったでしょうから、一般庶民を見下して特権をふりかざしてもさもありなんというところです。

 

そうはいっても桑の木刀で五十両はあんまりですから番頭さんが断ったところ、河内山はお前たちでは話にならないから上の者を出すように言い、押し問答になります。いかにもクレーマー的な言動です。

この上州屋で上の者というのは後家のおまきさんなのですが、あるトラブルで親戚の人々が集まっておりそれどころではないので、店の人々は河内山を必死に押しとどめようとします。

そんなところへ、当のおまきさんが顔を出しました。このあたりで次回に続きます。

 

参考文献:新版歌舞伎事典/歌舞伎手帖 渡辺保/歌舞伎 加賀山直三/歌舞伎の名セリフ 藤田洋/歌舞伎入門事典 和角仁・樋口和宏/天衣上野初花 歌舞伎脚本集 夕陽亭文庫

これまでのまとめ

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