ただいま歌舞伎座で上演中の三月大歌舞伎！
第三部で上演されている「天衣紛上野初花 河内山」は、幕末から明治期に活躍した名作者・河竹黙阿弥の人気演目として知られています。河竹黙阿弥の作品といえば七五調のセリフが特徴です。今月は主人公の河内山を仁左衛門さんがお勤めになっています。
この演目についてはこれまでもこのブログでお話いたしましたが、内容などについて少しばかりお話を追加していきたいと思います。芝居見物やテレビ放送、配信などの際、何らかのお役に立つことができればうれしく思います。
過去のお話は最下部にまとめのリンクを張り付けておきます。よろしければご一読ください。
ざっくりとしたあらすじ③ 上州屋質見世の場
河内山（こうちやま）は、明治7年初演の作を前身とし1881（明治14）年3月に東京の新富座で初演された芝居「天衣紛上野初花（くもにまごううえののはつはな）」 のうち、河内山宗俊を主人公とする名場面を称します。
「天衣紛上野初花（くもにまごううえののはつはな）」にはもう一人・直侍（なおざむらい）という男を主人公とする場面もあります。こちらは風情ある恋の名場面です。素敵ですので上演の際にはぜひにとおすすめいたします。
河内山宗俊は文政のころに職権を乱用した悪事を重ねて捕まった江戸城の坊主衆・河内山宗春がモデル。江戸の犯罪者たちは、芝居や講談、錦絵などの人気キャラとなり、人々の楽しみに一躍買っていたようです。「河内山」は河竹黙阿弥が手掛けた明治に入ってからの演目ですが、そういった江戸風情を描き出している最後期の作品のひとつです。
河内山新狂言松江侯屋舗之場 九代目團十郎
国立国会図書館デジタルコレクション
ざっくりとした内容としてはこのようなものです。
①お数寄屋坊主の河内山は、質屋の上州屋で、松江家に奉公している娘のお藤がトラブルに巻き込まれていると聞かされ、トラブル処理を二百両で引き受ける
②松江家では考えが浅くすぐにキレる主人の松江出雲守のために、お藤はじめみんなが困り果ててている
③そこへ、高僧のフリをした河内山が潜入してきて、松江出雲守を説得しながら追いつめ、お藤を上州屋に返すと約束させる
④帰り際、松江家の内部の人間にお数寄屋坊主の河内山だと正体がバレてしまう
⑤しかし河内山は開き直って一喝、悠々と去っていく
河内山のお数寄屋坊主という立場を生かしただましの手口がおもしろいところなのですが、現代ではなじみの薄い職業かと思います。その点も含めて詳しい内容についてお話してまいります。
お勤めになる方や上演のタイミングなど、様々な理由で演出が変更となることがあります。内容が前後したり固有名詞が変わったりすることがありますが、何卒ご了承くださいませ。
その①では、「上州屋質見世の場」の冒頭部分をお話いたしました。
質屋の上州屋にやってきたお数寄屋坊主の河内山宗俊が、桑の木刀で五十両という法外な額の金を借りようとして、番頭さんはじめお店の人々を困らせます。
お数寄屋坊主というのは江戸城で勤務して将軍や大名の茶道の接待をする仕事であるため、河内山は日常的に上流の人々と交流を持っています。ですので、ちょっと特権のような気分でもって庶民を下に見て、金をせしめたりしているのです。
お前たちでは話にならないから上の者、つまり主の後家のおまきさんを出せ！と言い出したところ、ちょうどおまきさんが奥の一間から姿を現しました。
実は今、上州屋では別のごたごたが起きて親類の人々が相談のために集まっており、権力を笠に着たクレーマーの木刀五十両問題などに対応している場合ではありません。そこでおまきさんがわざわざ顔を出し、お引き取り願いたいと河内山に直々に伝えに来たのです。
ごたごたというのは一体何かと河内山が尋ねてみると、河内山も知っているこの店の娘・お藤のことでした。なんでもお藤は、奉公先で命の危険に晒されているというのです。それは一体どういうことかというところ、おまきさんが語り始めます。
今から4年前のこと、上州屋では娘のお藤を、松江藩の当主・松江出雲守の屋敷へ浪路という名前でお小姓奉公に出しました。仕事は順調で喜んでいましたが、やがて松江出雲守が浪路にべた惚れとなり、側室になるよう勧められてしまったのです。
実はすでにお藤はお婿さんを取ることが決まっており、この3月に印まで交わしていたため断りを入れたのですが、なんとこの正当な理由が全く聞き入れられず、おまきさんたちは屋敷にいるお藤と会わせてもらえないどころか、手紙のやりとりすら難しくなりました。
そんな折、ふと入手したお藤からの文で、ショッキングな事実が明らかになります。
なんでもお藤は、殿様の言いつけを守らなかったために、御老女から一間の内へと押し込められているのだというのです。さらに昼夜監視下にあり、同僚に会うことすら叶わず、もはや死ぬ覚悟でいるというので、おまきさんはじめ上州屋の親類中はパニックになったのであります。ハラスメントどころのさわぎではない、とんでもない事態です。
そういったわけなので、どうか今日はこのままお引き取り下さい…と一同は河内山に頼みます。もっともです。
河内山はそれで親類一同集まって良い工夫は浮かんだのかと尋ねますが、いまだ良い工夫は見つかっていないようです。上州屋の人々は、河内山がこうしたトラブルに慣れっこであろうと見込み、いい知恵はないかと尋ねます。
河内山は、まぁ普段から粗食で満足しているような方々には思いつかないでしょうけどねぇ…とマウントを取りながら、そんなことは造作もないことですよと答えます。お数寄屋坊主の自分は上等で美味しいものを年がら年中食べているので、物事の分別もつけば、上等の工夫もできるのだというのです。
それを聞いた上州屋の人々はぜひお願いしたいと思いますが、ここまでのクセの強さからもわかるように、タダで引き受けるような河内山ではありません。もちろん法外な条件を提示してきます。
それは一体どんな条件なのかというあたりで次回に続きます。
参考文献：新版歌舞伎事典／歌舞伎手帖 渡辺保／歌舞伎 加賀山直三／歌舞伎の名セリフ 藤田洋／歌舞伎入門事典 和角仁・樋口和宏／天衣上野初花 歌舞伎脚本集 夕陽亭文庫
