先日まで歌舞伎座で上演されていた團菊祭五月大歌舞伎！
第二部で上演されていた「新古演劇十種の内 土蜘」は、音羽屋の家の芸として伝わる舞踊劇の名作を、菊五郎さん・菊之助さん・丑之助さんの三代そろい踏みでお勤めになる記念すべき舞台でした。
「新古演劇十種の内 土蜘」については過去にもお話いたしましたが、足りないので改めてお話いたします。芝居見物や放送、配信などのお役に立つことができればうれしく思います。
過去のお話まとめはこちら
ざっくりとしたあらすじ⑥ 土蜘の精
新古演劇十種の内 土蜘（つちぐも）は、平家物語のエピソードを基にした能の「土蜘」からとられた演目。明治14年（1881）年6月に東京の新富座で初演されました。幕末から明治にかけて活躍した名役者の河竹黙阿弥が作詞を手掛けた長唄の舞踊劇です。
当時の大スター五代目尾上菊五郎によって、三代目菊五郎の追善興行として初演されました。能の金剛流宗家に協力を仰ぎ、秘伝の技を伝授されるほど、力の入ったものだったようです。
「新古演劇十種」と題されているのは、尾上菊五郎家の屋号「音羽屋」に伝わる芸１０種類という意味合いで制定されたということです。おはこという言葉の語源でもあると言われる、市川團十郎家・成田屋の芸１８種「歌舞伎十八番」の、音羽屋バージョンといったところです。
松の木が一本描かれているだけの「松羽目」と呼ばれるシンプルな大道具で、役者さんの芸と音楽を一身に受けて、想像力を働かせる楽しみがあります。
しかしながら、舞台の上で何が起こっているのか、少しわかりにくい部分もあるかと思います。内容をざっくりとご紹介いたしますとこのようなものです。
①歴史上有名なモンスターハンターである源頼光が病に臥せっており、家臣の平井保昌がお見舞いにやってくる
②侍女が舞を披露するなどしているうち、どこからともなく比叡山の僧・智籌（ちちゅう）が姿を現し、平癒祈願をすると申し出る
③頼光の家臣が怪しむと、智籌は突然あたりに糸を撒き散らし、どこかへ消えてしまう
④智籌が土蜘蛛の精の本性を顕し、平井保昌たちがこれを退治する
これより詞章をところどころご紹介したりしながらあらすじをお話してまいります。上演のタイミングや配役などさまざまな理由で適宜変更される場合がありますので、何卒ご容赦くださいませ。
新形三十六怪撰 源頼光土蜘蛛ヲ切ル図 月岡芳年 国立国会図書館
⑤では、頼光のもとへ駆けつけた保昌が、四天王とともにいよいよ土蜘蛛退治へと出陣。場面が変わってコミカルな「間狂言」のコーナーが始まったところまでをお話いたしました。
保昌いわく、かつて紀伊の国で巨大な殺人蜘蛛が出現し、人々が力を合わせてどうにかこうにか焼き殺したという事件があったそうです。今回の土蜘蛛退治のためにも多くの人手が必要ですが、そんな蜘蛛の恐ろしさもあってみな仮病だのなんだのと言って逃げてしまい、思うように人が集まりません。
番卒の太郎と次郎には、みんなの臆病心を取り払う妙案があるようです。それというのは、巫女さんを呼んで庭にお祀りした石神さまの像に舞を奉納するなどして、とにかくお祈りをするというものです。なにはさておき神仏に祈るということが一番の解決策という世界であります。
そんなところへ、番卒の藤内が榊という巫女さんを連れてやってきます。太郎と次郎がこの場に石神さまの像を運び、榊は踊りを奉納。太郎・次郎・藤内も舞を奉納…というところ、石神さまのお面がはらりと落ちます。
すると、お面の下にあったのは小姓の四郎吾の顔。四郎吾はいたずらで、石神さまのフリをしていたのです。コラコラ～！という具合にみんなが四郎吾を追いかけ、間狂言のパートが終わります。
緊迫感あふれる大薩摩の演奏が始まり、舞台の上には土蜘の巣が運び込まれ、舞台の上のムードが切り替わります。
〽それ松柏森々と とこしなえに生い茂り
目指すも知れぬ雨催い 更けて往来も嵐吹く
音すさまじき秋の末 芒に道も埋もれて
誰に東寺の藪陰に 幾歳ふりし荒墳は
哀れにもまた物寂し
とあるように、雨風の吹きすさぶ東寺そばの荒墳に情景が切り替わっています。何度も申しますが、舞台の背景は松の絵一枚です。詞章をもとに音楽や役者さんの動きで情景を想像すると楽しいかと思います。
智籌が残していった血痕を辿り、平井保昌と、頼光の四天王である渡辺綱・坂田公時・碓井貞光・卜部季武が、松明の灯りとともに駆け付けました。
〽にわかに地中鳴動なし 四方へ掛けし蜘の囲より
火炎を放ち水を吹き さも恐ろしき有様も
事ともなさず大勢が 忽ち崩す古墳の
岩間の影より土蜘の 鬼神の姿はあらわれたり
〽我を知らずやその昔 葛城山に年経りし 土蜘の精魂なり
不気味な荒墳を崩すと、中から姿を現したのは土蜘の精。先ほど頼光のもとへ現れた智籌の本来の姿です。茶色くて不気味なくまどりは、人ではない恐ろしい化け物ということを示しています。
〽六十余州へ巣を張りて 疾くに魔界になさんものと
〽思いし望み叶わねば まず頼光を悩まさんと
土蜘の精は、「日本を魔界にしよう」と企み、まず頼光の命を奪おうとしていたのであります。しかし、頼光と名刀膝丸の力によって、その望みは叶いませんでした。
土蜘の精は千筋の糸をシュパシュパと繰り出しながら保昌や四天王に襲い掛かりますが、妖怪退治において百戦錬磨の面々には歯が立たず、討ち取られてしまうのでした。
ここまでで「新古演劇十種の内 土蜘」は幕となります。後半には千筋の糸や土蜘の精の拵えなど目立つものがたくさんありますが、前半の智籌と頼光のやりとり、不気味な気配も大きなみどころです。ところどころ詞章を味わいながらご覧になるとより楽しめるかと思います！
参考文献：新版歌舞伎事典／舞踊名作事典／日本舞踊曲集成／歌舞伎手帖／日本大百科事典
