今日は暑くなるとの予報でしたのに、相変わらず肌寒いままでしたね。みなさまいかがお過ごしでしょうか。
このすえひろはといえば、いまだに布団と毛布を掛けて寝ております。一年でいちばん夏が好きですので待ち遠しく思います。
さて、先日のお話ですが、歌舞伎座へ出かけまして六月大歌舞伎の第三部を拝見してまいりました。備忘録として少しばかり感想をしたためておきたいと思います。
「みんな嘘」
第三部は「ふるあめりかに袖はぬらさじ」。有吉佐和子作の名作演劇です。名女優の杉村春子さんが当たり役としてお勤めになった芸者お園の役を、玉三郎さんが受け継ぎ繰り返し上演されています。
当初上演の予定であった「与話情浮名横櫛」が仁左衛門さんの休演に伴って変更となり、急遽劇団新派の方々を交えての珍しい舞台となりました。仁左衛門さんんと玉三郎さんのご共演が拝見できなかったのはとても残念でしたが、このお芝居は自分自身長らく憧れていたものであり、歌舞伎座の舞台で思いがけず拝見できたことが本当にうれしかったです。玉三郎さんのお園は歌舞伎での玉三郎さんとは全く別のたたずまいであり、芸の力に圧倒されました。
主な配役は玉三郎さんの芸者お園、福之助さんの通辞藤吉、河合雪之丞さんの遊女亀遊、鴈治郎さんの岩亀楼主人というものです。普段は男性の姿しかない歌舞伎座の舞台に、新派の女優の方々が立たれているようす非常に新鮮でした。
新歌舞伎とも現代劇とも違う、新派独特のやわらかな空気感とセリフ回しが大好きです。日本語がとても美しく聞こえるように思います。近代を生きた人々はあのように話していたのかなと夢が膨らみます。これを機に新派の公演も盛り上がりますようにと願ってやみません。
内容をざっくりと申しますと、このようなものです。
舞台は幕末、横浜の遊郭。三味線の名手である芸者のお園は、花魁の亀遊と通訳の藤吉の恋模様に気づく。しかしその矢先、亀遊はアメリカ人のイルウスとの身請け話で恋に絶望し、自ら命を絶ってしまった。
ある日、亀遊の自殺は一枚の瓦版によって「アメリカ人の身請けを断り自害した攘夷女郎」というストーリーを伴って語られるようになり、遊郭の集客力に大きく影響し始める。やがて真実を知るお園までもが、サービスの一環として攘夷女郎亀遊の物語を語り始め、嘘に嘘を重ねていってしまうのだが…
結末までは書けませんが、現代社会の闇に通ずる物語です。喜劇という表現で語られるようですが、自分の感覚ではちょっと笑いにはできないようなくだりが多々あり、ひりひりとしながらの見物でした。客席が笑いに包まれるなか、自分の胸には亀遊さんの絶望がいつまでも残り続け、せりふの軽薄なトーンとは裏腹に、ずっしりと重くなっていく心。それが最後のシーンのお園の姿で一気に発散され、お園とともに涙しました。圧倒的な体験でした。
玉三郎さんと同じ時代を生きていられるということは、なんて幸運なのだろうと近ごろつくづく思います。嫌なことつらいことはあるけれども、それだけで生まれてきた意味があると思えます。急なトラブルのなかこの芝居を見せてくださった玉三郎さんはじめとする作り手の方々の思いに感謝しきりです。