ただいま大阪松竹座では関西・歌舞伎を愛する会 第三十回 七月大歌舞伎が上演中ですね!
「関西歌舞伎を愛する会」とは、歌舞伎発祥の地・関西での歌舞伎興行が厳しい状況にあった時代、歌舞伎の関心を深め、関西文化の復興を目指して結成されたボランティア団体であります。今回は第三十回の記念すべき公演です。
夜の部で上演されている「堀川波の鼓」は比較的上演頻度の低い演目ですが、近松門左衛門の名作のひとつですので、この貴重な上演機会にぜひお話しておきたいと思います。芝居見物のお役に立つことができれば幸いです。
初日より休演なさっていた仁左衛門さんが14日からご復帰になり喜ばしい限りです。感染拡大下にあり、東京の歌舞伎座では公演中止となっていますが、このまま千穐楽まで上演が続くよう願っております。
実際の事件が元ネタ
堀川波の鼓(ほりかわなみのつづみ・「堀川波鼓」)は、宝永4年(1707)に大坂の竹本座で初演された世話物の浄瑠璃。江戸時代の偉大な劇作家のひとり近松門左衛門の作品です。その後、大正3年4月中座で初演されるまで歌舞伎化されなかったレアケースです。そのため現在見ることができる舞台は新歌舞伎的な演出になります。
近松門左衛門は、市井の人々の間に起こった心中事件や姦通事件などの悲劇を浄瑠璃作品へと昇華させた功績を持つ作者です。特に「姦通」、いわゆる不倫を題材としたものは3つあり、「三大姦通物」などと呼ばれます。
江戸の姦通は現代の不倫とは違い、死罪と畜生道に堕ちることを覚悟せねばならない罪でした。近松は、道ならぬ恋に燃えるのではなく、ふとしたきっかけから罪を犯してしまう人妻たちをリアリティを持って描いています。これは勝手な想像ですが、江戸時代の観客にとって姦通物は、現代のような不倫相手との恋愛ドラマというよりもむしろ犯罪ドラマに近い感覚だったのかもしれませんね。
先ほど「市井の人々の間に起こった事件」と申しました通り、この「堀川波の鼓」も実際の事件を題材としています。
事件が起こったのは上演の前年である宝暦3年。鳥取藩の台所役人・大蔵彦九郎が、江戸城への勤番で長期間家を留守にしていました。その間、彦九郎の妻・おたねが、鼓の師匠である宮井伝右衛門と姦通してしまったのです。
やがて情報は家中に漏れ伝わり、おたねも事実を白状したため、彦九郎はおたねを討ってしまいます。そして妹たちと京へ向かい、堀川にいた伝右衛門を妻敵討ちにしたのでした。
この事件は「京縫鎖帷子」や「熊谷女編笠」などの浮世草紙に書かれて広く知られるところとなり、近松による浄瑠璃化もなされたのであります。
事件の顛末だけを読みますと、「堀川波の鼓」は事件そのままの筋立てのように思われますが、夫を愛するお種の心情、妻を思う彦九郎の葛藤が深く描写されていることにより、近代的な魅力がプラスされています。近松の人物描写の妙に唸らされます。
参考文献:名作歌舞伎全集 第一巻/日本大百科事典