歌舞伎ちゃん 二段目

『歌舞伎のある日常を!』 歌舞伎バカ一代、芳川末廣です。歌舞伎学会会員・国際浮世絵学会会員。2013年6月より毎日ブログを更新しております。 「歌舞伎が大好き!」という方や「歌舞伎を見てみたい!」という方のお役に立てればうれしく思います。 mail@suehiroya-suehiro.com

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国立劇場 歌舞伎公演『通し狂言 義経千本桜』Aプロを見てきました! 2022年10月

急な冷え込みとなりましたが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。

このすえひろはといえば、さつまいもがいっそう美味しい季節が到来したことを喜んでおります。煮たり焼いたり、夢がふくらみます。

さて、先日のお話ですが、国立劇場へ出かけまして歌舞伎公演『通し狂言 義経千本桜』Aプロを拝見してまいりました!菊之助さんが義経千本桜の三役を一人でお勤めになるという大変記念すべき公演です。備忘録として少しばかり感想をしたためておきたいと思います。

「天命、天命」

『通し狂言 義経千本桜』Aプロでは、伏見稲荷鳥居前の場・渡海屋の場・大物浦の場が上演されています。菊之助さんは佐藤忠信実ハ源九郎狐、渡海屋銀平実ハ新中納言知盛の二役をお勤めです。

 

私が拝見したのは平日の昼間であったにもかかわらず、3階席はぎっしりとお客さんが入っていて、お若い方々の姿も見え、とてもワクワクいたしました!

初めて歌舞伎に興味を持たれた方とお話したりするとき、「まずはスタンダードな古典をしっかりと見てみたい」という思いを持たれている方が実は多いように感じています。その思いに触れますと、わかりやすかろうと思ってつい新作などをおすすめしたくなっていた安易な考えを反省させられます。

近ごろは今回のような古典の名作の通し狂言の機会が貴重ですよね。菊之助さんの三役はたくさんの方の記憶に刻まれたことと思います。

 

鳥居前では、菊之助さんの荒事の美しさに圧倒されました。まるで浮世絵が飛び出してきたようです。狐の妖しさも漂い、想像をはるかに超えた存在感で驚きいった次第です。渡海屋・大物浦では、特に大物浦の場が良かったなと感じています。知盛の拵えで現れた時、銀平の何倍も大きく見えました。

私は仁左衛門さんのファンではありますが、私にとっては最初に見た吉右衛門さんの知盛こそ知盛という思いが強くあります。近ごろは仁左衛門さんの知盛を多く拝見していたので、吉右衛門さん直伝のスタンダードな渡海屋・大物浦を久しぶりに拝見し、吉右衛門さんの知盛の記憶を呼び起こされるようでした。

特に「天命、天命」という部分の、自らを俯瞰で見ているような、諦念のような、独特の表情と音の使い方にドキッとさせられました。

 

今この時にやってきた菊之助さんの素晴らしき境地を、自分の目で拝見できている幸せをつくづく感じます。おそらく安徳帝をお勤めになるには少し大きい丑之助さんに、どうしても舞台上での共演という形で現時点の知盛をお見せしたかったのではないかなと想像しました。

執念のごとく強い伝承への思いをひしひしと感じ、頼もしさに胸が熱くなります。将来を思うとどうしても後ろ向きになってしまう昨今、菊之助さんにすがりたい思いがどんどん強くなります。時代物の名作の数々を残し、後世に伝えてくださるものと信じています。

 

そのほかのご共演の方々も見ごたえがありました。梅枝さんの典侍局も大ベテランのような重みがあり、すごすぎました。梅枝さんは自分と同世代のはずなのですがどうなっているのでしょうか…今後どうなってしまうのか末恐ろしい方です。

また、大好きな橘太郎さんの珍しいご注進を拝見できたのもうれしかったです。橘太郎さんの時代物のお化粧は新鮮でした。彫の深さが際立ってハリウッドスターのようでしたね。日ごろの世話物とのギャップにドキドキいたしました。

 

とにもかくにも、充実した体験でした。鳥居前→渡海屋・大物浦という流れで拝見してみますと、義経の置かれた状況と、弁慶ら家臣の働きがわかりやすくなり、物語がより際立って見えました。

普段はいきなり渡海屋・大物浦から見ることが多く、知盛にフォーカスしてしまって義経の悲しみにまで想いを馳せるタイミングがあまりなかったのですが、今回は源平合戦と義経の運命にも心を寄せることができたように思います。通し狂言万歳です。

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