ただいま歌舞伎座で上演中の
市川海老蔵改め
十三代目 市川團十郎白猿襲名披露
八代目 市川新之助初舞台
十二月大歌舞伎
2020年5月に予定されていた襲名披露が、2年半の延期を経てようやく行われています。市川團十郎といえば江戸歌舞伎を代表する大名跡。新たな時代の到来を感じさせてくださる華々しい公演です。
夜の部「助六由縁江戸桜」は、市川團十郎家の家の芸・歌舞伎十八番の内のひとつに数えられるゆかりの深い演目です。團十郎さんの襲名披露狂言として選ばれ、先月とは大きく配役を変えての上演です。
「助六由縁江戸桜」については過去にお話ししたものがたくさんあり、先日まとめました。このように助六が続けて上演される機会はなかなかないと思われますし、まだまだお話したりませんので、この機会に改めてお話したいと思います。
あらすじ③ 花川戸の助六、揚巻の助六
歌舞伎十八番の内 助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)は、江戸一番のモテ男・花川戸助六のカッコよさを存分に楽しむ2時間です。助六のキャラクターはパワーみなぎる市川團十郎家の芸・荒事(あらごと)の魅力と、やわらかみのある上方の芸・和事の魅力を組み合わせたもので、何とも言えぬ色っぽさがただよいます。
多彩な登場人物と愉快な展開、猛烈な視覚刺激で、2時間という長尺も飽きさせない魅力あふれる演目です。難しい事柄は一切考えずにシンプルに楽しめますが、「実は…」という設定もおもしろいので、あらすじをお話してみたいと思います。
清書七以路婆 江戸桜助六意休より
遊女たちからたくさんの吸いつけ煙草を受け取った助六は、自分も吸いつけ煙草が欲しいという意休に「一本貸して進ぜましょう」と、ツカツカ歩み寄ります。そしてなんと足の指に煙管を一本挟み、どうだ!と目の前に突き出してみせるのでした。
意休はハハハ…と笑いながら、男伊達の風上にも置けない奴だと悪口を言います。「まことの男伊達というのはこうだ」とひけらかすような、なにやら上から目線な、説教じみた悪口です。
そして、助六をブンブンとうるさい蚊に例え、蚊よけにとお香の伽羅を焚きはじめます。伽羅というのは現代でも非常に高価な香木として知られていますが、江戸時代にも大変珍重されていました。そればかりでなく、色里では「お金」の隠語にもなっていたそうです。
これに助六は、
「まことの男伊達の、うその男伊達のと、習いも伝授もないわ、引っこ抜いて唐竹割にぶっ放すが男伊達の極意。エエつがもねえ」
と、さっぱりと言い返します。グダグダくっだらねえこと言ってんなぁというようなニュアンスでしょうか。続けて、吉原に出るという蛇のうわさをしはじめます。
「毎晩毎晩、女郎にふられても、恥を恥と思わず、通いつめる執着の蛇だ。
こいつが時折伽羅を焚く。
何のために焚くと思えば、そいつが髭にシラミがたかる。
伽羅はシラミの大禁物 人目に至りとみしょうとは伽羅くせえ奴だ」
つまりこれは意休の悪口。悪口を言われたら特大の悪口をかましてからかうという、やんちゃな助六です。「○○によく似た蛇だ」と言って、そのとき意休をお勤めの役者さんの屋号や通称などを盛り込むのがお楽しみになっています。
とそんなところへ、三浦屋の奥から、男が大騒ぎで出てきます。この男はくわんぺら門兵衛(かんぺらと読みます)といって、ゆかたを羽織った湯上りの身なりです。遣手のお辰さんを捕まえて、クレームをつけているのです。
遣手というのは遊女たちのシフトを取り仕切っているマネージャーといったところでしょうか。お前は遊女に複数の客をつけてダブルブッキングさせたな、俺はさっきから風呂で待たされてるんだぞ、女どもを出せ!と怒っています。
三浦屋の店先の遊女たちは、「そんな言い方はないじゃないですか」「あぁ憎らしいわあ」「見てよあの顔…」と口々に門兵衛の悪口を言って笑います。吉原の女性たちはつらい身の上にあるのですけれども、この演目においてはみんな結構強く、黙っていないのがいい所だと思います。
笑ったな!キー!となっている門兵衛。そこへ、大急ぎで出前のうどんを運んでいる蕎麦店・福山の若い従業員が、ドンとぶつかってしまいます。この従業員は福山のかつぎと呼ばれる役どころです。かつぎは必死に謝りますが、門兵衛がいつまでもうだうだと許さないのでカチンときて、江戸ッ子らしく啖呵を切って座り込みます。
助六が間に入って「俺は意休さまの子分だ、大金持ちだ」とわめく門兵衛を黙らせ、うどんを頭にかけてしまい、その場を納めます。ひんやりしたうどんがいきなり頭に掛かったので、斬りつけられて血が垂れたと勘違いした門兵衛は「切られた切られた」と大慌て。
どこからともなく若い衆たちが\喧嘩だ喧嘩だ/とやってきたどさくさに紛れ、福山のかつぎは「ざまあみやがれ」と言い残し、走り去っていきます。
と、そこへ、門兵衛の奴の朝顔仙平という男が出てきます。衣装、くまどり、髪型すべてが朝顔をモチーフとしている強烈なビジュアルです。
実は「当時の人気おせんべいの擬人化」というぶっ飛んだ設定のキャラクターで、せんべい尽くしの名乗りセリフを披露します。独特のイントネーションも面白いです。道化役ですので、愉快にご覧ください。
くわんぺら門兵衛と朝顔仙平というおかしな二人に絡まれた助六は、堂々たる名乗りを上げ、二人をこてんぱんにやっつけてしまいます。きびきびとした早口のセリフがカッコイイところですので、一部を抜粋してここにご紹介いたします。現行と若干違う部分があるかもしれませんのでご了承ください。
「遠くは八王子の炭焼き婆、田圃の歯ッ欠け爺、近くは山谷の古遣手
梅干し婆に至るまで、茶飲み話の喧嘩沙汰。男伊達の無尽の掛け捨て。
ついに引けをとった事のねえ男だ」
「金竜山の客殿から、目黒の尊像までご存知の、江戸八百八町に隠れのねえ
杏葉牡丹の紋付きも、桜に匂う仲ノ町、
花川戸の助六とも、また揚巻の助六ともいう若い者。
間近くよってしゃっ面を拝み奉れ、ええ」
助六の見事な男ぶり、遊女たちもやんややんやと盛り上がります。
そして勢いづいた助六は、じっとおし黙って見ていた意休のそばへ腰かけ、さんざんに馬鹿にして「切らっしゃい、(刀を)抜かっしゃい」と挑発します。さらには履いていた下駄を意休の頭に乗せてお墓のように拝み出したので、意休もさすがにムッとして刀の柄に手を掛けます。
これをおもしろがり、「サア抜け抜け抜け、抜かねえか!」と詰め寄る助六。しかし意休は「相手になるような奴ではない」とついに刀を抜かず、取り巻きを引き連れて三浦屋の奥へと入っていってしまうのでした。
このあたりで次回に続きます。
参考文献:歌舞伎手帖/新版歌舞伎事典/歌舞伎オン・ステージ 助六由縁江戸桜・寿曾我対面