歌舞伎ちゃん 二段目

『歌舞伎のある日常を!』 歌舞伎バカ一代、芳川末廣です。歌舞伎学会会員・国際浮世絵学会会員。2013年6月より毎日ブログを更新しております。 「歌舞伎が大好き!」という方や「歌舞伎を見てみたい!」という方のお役に立てればうれしく思います。 mail@suehiroya-suehiro.com

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やさしい助六由縁江戸桜 その十六 あらすじ④ 曽我兄弟の仇討ち

ただいま歌舞伎座で上演中の

市川海老蔵改め
十三代目 市川團十郎白猿襲名披露
八代目 市川新之助初舞台
十二月大歌舞伎

2020年5月に予定されていた襲名披露が、2年半の延期を経てようやく行われています。市川團十郎といえば江戸歌舞伎を代表する大名跡。新たな時代の到来を感じさせてくださる華々しい公演です。

夜の部「助六由縁江戸桜」は、市川團十郎家の家の芸・歌舞伎十八番の内のひとつに数えられるゆかりの深い演目です。團十郎さんの襲名披露狂言として選ばれ、先月とは大きく配役を変えての上演です。

助六由縁江戸桜」については過去にお話ししたものがたくさんあり、先日まとめました。このように助六が続けて上演される機会はなかなかないと思われますし、まだまだお話したりませんので、この機会に改めてお話したいと思います。

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あらすじ④ 曽我兄弟の仇討ち

歌舞伎十八番の内 助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)は、江戸一番のモテ男・花川戸助六のカッコよさを存分に楽しむ2時間です。助六のキャラクターはパワーみなぎる市川團十郎家の芸・荒事(あらごと)の魅力と、やわらかみのある上方の芸・和事の魅力を組み合わせたもので、何とも言えぬ色っぽさがただよいます。

多彩な登場人物と愉快な展開、猛烈な視覚刺激で、2時間という長尺も飽きさせない魅力あふれる演目です。難しい事柄は一切考えずにシンプルに楽しめますが、「実は…」という設定もおもしろいので、あらすじをお話してみたいと思います。

清書七以路婆 江戸桜助六意休より

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ぞろぞろと取り巻きの者たちを引き連れた意休が三浦屋へ入り、喧嘩だ喧嘩だと集まってきた若い衆たちも引き上げていってしまいます。助六も揚巻のところで一杯やろうと立ち去ろうとするところへ、お兄さんお兄さん、と呼ぶ声が聞こえてきました。

声の主は、さきほどのどさくさに紛れて花道に現れ、ちょこんとかがんでいる白酒売りの新兵衛でした。ソフトな身なりで見るからに弱そうな、おっとりとした人物です。

 

この男がいつまでもお兄さんお兄さん待って待って、と呼び止めるので、助六はふざけやがっていったい何の用だとすごみます。この時に言う「大どぶへ浚いこみ、鼻の上へ屋形船を蹴こむぞ」というのも仲ノ町ならではのセリフです。

「大どぶ」というのは、吉原遊郭を囲んで設置されていたどぶのことで、「お歯黒どぶ」ともいわれます。どぶというとちょっとしたものを想像しますけれども、実際には幅5m以上もあるお堀であり、遊女が逃走しようとしても簡単には逃げられないようになっていました。間夫がなければ女郎は闇、という揚巻の言葉は真に迫っています。

 

そんな風に威勢を見せつけてもなお白酒売新兵衛が諦めないので、どんな顔をしているのかと確認してみると、新兵衛の正体はなんと助六の実の兄!本名を曾我十郎祐成(そがのじゅうろうすけなり)というさむらいでした。正体を隠し、白酒売りに身をやつしていたのです。

となると助六の正体も、江戸の荒くれ者 花川戸助六ではありません。実は、曽我五郎時致(そがのごろうときむね)というさむらいであったのです。

 

曾我十郎曾我五郎の二人は、鎌倉時代の史実「曽我兄弟の仇討ち」で有名です。

幼少の頃より父の敵・工藤祐経を討つことを一念として抱き続けた兄弟が、艱難辛苦のすえ、源頼朝が開催した富士の巻狩りにてようやく本懐を遂げた…という顛末が「曽我物語」として仕立てられ、人々の間で愛されてきました。元ネタから派生して様々な浄瑠璃やお芝居が作られ、「曽我物」という一ジャンルを形成しています。その一つが助六由縁江戸桜というわけです。

(鎌倉時代の人物なのに江戸時代の町にいるのはおかしいというのは、お話しだすと長くなりますのでまたの機会に)

 

十郎はおっとり、五郎はやんちゃというように、曽我兄弟のキャラクター設定がくっきりしていることも、曽我物が愛されてきた由縁ではないかと思われます。荒くれ者の助六と、おっとりとぼけた白酒売のコントラストはとても魅力的です。

そんな助六白酒売の正体が曽我兄弟だと判明したことで、二人が「父の敵を討つ」「行方知れずの源氏の重宝・名刀友切丸を探す」という共通ミッションを抱えているということがにおいはじめる…というわけです。

 

お芝居の内容に戻ります。

弟の助六(五郎)と再会した白酒売(十郎)は、さんざん見聞きした助六の素行の悪さを叱ります。助六の喧嘩の噂を聞かない日がないというのは、一体どうしたことか…兄は単に暴れぶりを叱っているのではありません。もしも命にかかわるようなことがあれば、父の敵を討つという二人の長年の願いが叶わなくなってしまうから怒っているのです。

それに対する助六の返事は意外なものでした。「孝行のために喧嘩しているのだ」というのです。

 

なんでも助六は、「父祐経を討つときには紛失していた源氏の重宝・友切丸を使え」というお告げの夢を見たのだそうです。そのため何としても友切丸を探し出したいと思い、人出の多い廓に入って潜入捜査をすることにしたのです。そして通行人にわざと喧嘩を吹っかけ、刀を抜かずにはいられないようにして、抜いた刀が友切丸ではないか確かめているのだというのであります。

あーあ、そんなこともわかってもらえないなら、喧嘩なんてやめましょう。ああそうですかそうですか、とふてくされる助六。いやいやそんなことだろうと思っていたよ!と白酒売は調子よく謝って、ぜひ喧嘩をしなさいと勧めます。

 

助六は最前刀を抜かなかった意休のことを怪しいと思っています。それを聞いた白酒売は、自分も喧嘩に加勢しようと言い出しました。白酒売は見るからに喧嘩に不向きなタイプなのですが、助六に喧嘩の稽古をつけてもらいます。

ここからは見ているだけで楽しいご説明不用のおもしろい展開がしばらく続きます。愉快な喧嘩の稽古、大股開きに立って通行人にそこをくぐらせる股くぐりなどです。伝統芸能と聞くと真面目なものを想像される方が多いと思いますが、笑っても全く問題のない場面ですのでどうぞご安心ください。

特に大きな笑いをふりまく通人里暁(つうじんりぎょう)は、花街に通じた文化人というような役どころです。その公演にちなんだ事柄などを盛り込んで、舞台と客席の一体感をもたらしてくれます。

 

展開がひと段落すると、三浦屋から揚巻が出てきて、編み笠をかぶった人物を見送ります。揚巻の客の男だな!と思った助六は例のごとく喧嘩をふっかけます。

しかし返答はなし。白酒売とともに散々に悪態をついてから編み笠の中の顔を覗くと、なんとこの人物は曽我兄弟の母・曾我満江(そがのまんこう)だったのであります。

このあたりで次回に続きます。

 

参考文献:歌舞伎手帖/新版歌舞伎事典/歌舞伎オン・ステージ 助六由縁江戸桜・寿曾我対面

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