いよいよ明日は大晦日ですね!皆様いかがお過ごしでしょうか。
このすえひろは掃除片づけに明け暮れておりまして、本棚にてタイムリーな一冊を発見いたしましたのでご紹介いたします。
「平成の三之助」
それがこちらの雑誌です。
文藝春秋特別編集 ノーサイド 1996年6月号
ボロボロですみません…。発刊当時はこのすえひろも幼少でしてどのような位置づけの雑誌であったのか全く分からないのですが、何やら各号に映画や音楽、食事、旅行などの特集テーマを設けて深堀りする文化系の雑誌であったようです。
この号の特集は「新時代の歌舞伎」。新・三之助として新之助時代の團十郎さん、襲名したばかりの菊之助さん、辰之助時代の松緑さんが表紙を飾っています!みなさまお若いですよね!
1996年当時の御三方の評判、期待、客席の熱気のほどがいきいきと記されていて、楽しく拝読いたしました。当時も次世代の歌舞伎界に期待の膨らむ時代の転換点だったのだろうと思います。
この御三方がそれぞれ三者三様の芸道と人生模様を経て、十一月の歌舞伎座にて助六・揚巻・髭の意休の大役で舞台に並び立たれたこと、何とも胸が熱くなります。
この号の中でも興味深い記事が、十二代目の團十郎さんと菊五郎さんの座談会
「座談会 團菊、新・三之助を語る 歌舞伎役者は襲名によって育つ」です。司会は山川静夫さんでした。十三代目團十郎が誕生したいま、この座談会の言葉のなかには示唆に富むものがたくさんあります。一部を抜粋してご紹介いたします。
團十郎「襲名というシステムの美点は役者としての自覚をもつことと、それをまた活用しなくちゃいけないところ。よくできた仕組みだと思います。私自身もひとつの節目として、團十郎を継いだ時は、やる気が起きました。」
菊五郎「襲名によって役者が育つということも、歌舞伎興行の大事な演し物の一つです」
山川「ええ、そのプロセスそのものがおもしろくてみんな観にいくわけだから。」
菊五郎「役者として出来上がってしまったらつまらないものかもしれないし。」
團十郎「芸というのはいくら教えても教えきれるものじゃない。自分で掴むより方法がないんです。」
菊五郎さんの「役者として出来上がってしまったらつまらないものかもしれない」という発想は、目からうろこが落ちるようでした。芸は長い目で見なければわからないと意識してはいるものの、結論を出すのが早くなりがちなことを反省した次第です。
役者さんが育つのをじっくりと見守ることで、自分の目もまた育ち、芝居はより楽しく深みを増していくのだろうと思いました。
遊びは芸の足しになるのかという質問に対するお二方の返答も奥深いものです。
山川「ところで役者にとって遊びというのは芸の足しになるんですか」
團十郎「それは嘘だと思う。大事なのは遊びってことじゃなくて、無駄なことができる人間になるということなんです。」
菊五郎「役者になるために遊ぶんじゃなくて、いい役者だから遊べるということです。それだけ余裕があるわけですから」
「無駄」「余裕」という感覚は、現代では失われつつあるかもしれませんね。芸の大きさというのはこういった心の持ちようから生まれるものなのかもしれません。
そのほか、新之助さんが長髪の人と歩いているのを見かけたのでガールフレンドかと思ったら菊之助さんだったというエピソードや、團十郎家・菊五郎家のの和気あいあいとしたやりとりをうかがわせるエピソードもあります。おそらく国立国会図書館などに所蔵されていると思いますので、ご興味お持ちの方はぜひご一読くださいませ。
この「ノーサイド」という雑誌は母が当時購入し、何故かずっと捨てず適当な保管状態ながらも家に置き続けており、私が歌舞伎ファンになってから食いついて譲り受けたものです。思えば幼い頃からなんとなく気になる本ではあり、そのようすを見て、捨てないでいてくれたのかもしれません。
特に猛烈な歌舞伎ファンというわけでもない母がこの一冊を残していてくれたことに改めて感謝するとともに、歌舞伎に対する当時の一般的な関心の大きさを再認識いたしました。
2022年現在は様々なエンターテインメントが世の中に溢れていますし、社会も大きく変わっていますから、歌舞伎に関心を寄せる方は当時よりもずっと少ないのではないかと思います。寂しいことですが、それでも「歌舞伎を見てみたい」と相談してくださる身近な方々や、このブログをお読みいただいている方々に、二回目三回目と継続して興味を持っていただけるよう、来年も最善を尽くしてまいります。