二月も半ばに差し掛かる頃ですが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。世の中はバレンタインで盛り上がっていますね。
このすえひろはといえば、先日歌舞伎公演の間の空き時間に三越のチョコレート催事をぶらぶらしてまいりました。お菓子には大変疎いもので、こんなにいろいろと種類があるのかと驚き入るばかりでした。近ごろは青やピンクのチョコレートもあるのですね。いったいどんな味がするのでしょうか。
さて、先日のお話ですが、歌舞伎座へ出かけまして二月大歌舞伎の第二部を拝見してまいりました。備忘録として少しばかり感想をしたためたいと思います。
大感動の船弁慶
第二部は「女車引」「新歌舞伎十八番の内 船弁慶」という狂言立てです。
「女車引」は、菅原伝授手習鑑のメインキャラクターである松王丸・梅王丸・桜丸それぞれの妻である千代・春・八重による舞踊です。菅原伝授手習鑑の名場面・車引を取り入れ、やわらかく女性バージョンにしたような趣向です。今回は千代を魁春さん、春を雀右衛門さん、八重を七之助さんがお勤めになっています。
松王丸・梅王丸・桜丸は三つ子ですから同い年なはずで、三人の妻たちもそう世代は変わらないのではないかと思われますが、女車引の舞踊の上ではそうではないようでした。(確認していないので、もしかしたら妻たちはもともと年齢差があるという設定なのかもしれません)
初々しい八重、やさしく色香漂う春、内面的強さのにじむ円熟の千代という、異なる世代の女性の魅力が感じられ、おもしろく拝見しました。一見すると綺麗な女性たちがアハハウフフとたわむれ合うぽわんぽわんとした一幕に見えるのですが、それぞれの夫たちの背負っている運命を思うと、御三方の動きに説得力を感じると申しますか。
七之助さんと雀右衛門さんのやりとりが甘美で、ただひたすらにうっとりいたしました…何か新しい世界に目覚めそうな。
続く「新歌舞伎十八番の内 船弁慶」は五世中村富十郎十三回忌追善狂言と銘打たれている演目です。今回は富十郎さんの御子息の鷹之資さんが、富十郎さんの当たり役であった静御前と平知盛の霊の二役をお勤めになっています。鷹之資さんは23歳のお若さでこの大舞台を任され、見事にお勤めになっているのは本当にすごいことです。
富十郎さんがお亡くなりになってもうそんなに経ってしまうのかと驚くと同時に、11歳で富十郎さんを亡くされてからの鷹之資さんの日々はさぞや長かったことであろうと想像します。毎日のたゆまぬ鍛錬がこの舞台に繫がり、未来にもつながっていくわけですので、最初の大舞台といえる今月を拝見できて感無量です。
今回は弁慶に又五郎さん義経に扇雀さんといった配役で、お若い鷹之資さんを支えるように舞台の世界を作るあたたかな空気を感じました。鷹之資さんの努力はもとより、生前の富十郎さんあってのものと思います。横のつながりを感じて胸が熱くなるのも、追善狂言の味わい深さですね。
肝心の舞台ですが、とにかく素晴らしかったです…後シテの知盛のカッコよさはもちろんのこと、前シテの静御前に泣かされました。今後数十年かけてこの船弁慶が深化していくのだと思うと、ワクワクが止まりません。
私は鷹之資さんの舞踊のマイムのうまさがとても好きで、それが特に光っていたように思われました。涙をこらえながら義経との思い出をひとつひとつ振り返る静御前の目の前に、まさに春夏秋冬の世界が広がっているように見えました。舞踊の振付ひとつひとつを踊っているというふうには全く見えず、ありありと景色が浮かぶようなマイムで。
その切ない情景が一転、知盛の霊となって現れると、荒れ狂う空とうねるような大波が目の前に見えてくるのですよね。知盛が地面に立っているのではなくて、海に浮かんでいるようにしか見えず。松羽目だからこそのイマジネーションの拡がり、花道を越えていくような舞台空間の大きさに大興奮いたしました。
鬼滅の刃の吾峠呼世晴先生が、水の呼吸の刀さばきのエフェクトとして波や水面が出現することについて、「実際に水が出現するのではなくて刀さばきがそのように見えているということ(意訳)」というようなことをお書きになっていたと記憶しています。吾峠先生はこのような妙技を絵で表現されていたのかもしれないなあと思い出しました。
今後定額制でご覧になる方は、ぜひ東桟敷からの角度で一度ご覧いただきたいなと思います。本当に海のようなので。松羽目物のフォーメーションの妙というのがよくわかり、とてもおもしろかったです。
今月は私も定額制を使い、何度も拝見しようと思います。
私は追善狂言を拝見するときどうしても故人への思い入れが先立ち、目の前の舞台よりも懐かしさに胸がいっぱいになってしまうことがあります。味わい方はもちろん自由なのですが、一度しか拝見できないときなどは、目の前の舞台にも心を配りたかったなあと帰り道に思うことがしばしばあります。
しかし今回の船弁慶はとても良い意味で富十郎さんの存在を忘れさせてくださったと申しますか。もはや鷹之資さんということも忘れ、目の前に広がる大物浦の世界、静御前と知盛に完全に集中することができました。それだけ舞踊に没頭していたのだなと思います。
心から好きだと思う役者さんに出会うことができ、本当にうれしい限りです。