歌舞伎ちゃん 二段目

『歌舞伎のある日常を!』 歌舞伎バカ一代、芳川末廣です。歌舞伎学会会員・国際浮世絵学会会員。2013年6月より毎日ブログを更新しております。 「歌舞伎が大好き!」という方や「歌舞伎を見てみたい!」という方のお役に立てればうれしく思います。 mail@suehiroya-suehiro.com

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やさしい仮名手本忠臣蔵 十段目 天川屋義平内の場 その七 あらすじ④ 天とかけなば、川と答え

ただいま歌舞伎座で上演中の三月大歌舞伎

第二部「仮名手本忠臣蔵 十段目 天川屋義平内の場」は大人気作・仮名手本忠臣蔵の中でも比較的上演頻度の低い場面でして、この場面のみが上演されるというのもなかなか珍しいです。私自身も見たことがあるようなないような…と思っておりましたが、調べたところ7年ほど前の国立劇場での上演の際に拝見していたようです。結構な年月が経っていますね。

それほど少ない機会ですので、演目について少しばかりお話したいと思います。芝居見物や配信の際などのお役に立てれば幸いです。

仮名手本忠臣蔵のおさらい

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天川屋義平が登場するのは全十一段におよぶ仮名手本忠臣蔵の十段目。

限りなくラストに近い場面です。前提情報が必要かと思いますので、仮名手本忠臣蔵とは一体なんなのかについてはこちらでお話しています。

あらすじ④

国立国会図書館デジタルコレクション

せっかくの機会であり、これを逃すと次がいつになるか知れませんので、仮名手本忠臣蔵 十段目 天川屋義平の場のあらすじについてもお話しておきたいと思います。まずは全体の流れをご紹介いたしました。

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九段分の物語を飛ばしているわけですから何のことやらという点も多々あるかと思いますが、とにかく「塩冶家浪人が高師直を討つ計画は、誰にも知られてはならない秘密」ということを前提に、内容を追っていきましょう。

 

去り状を渡され息子の由松とも引き離されてしまったお園。天川屋を尋ねてきますが、義平はこれを冷たく閉め出してしまいます。困り果てたお園が泣き暮れているところへ、覆面の集団が出現。お園を捕まえて髪を切り取ってしまったのでした。

 

いきなり覆面集団から髪を切られるというのは、現代においてもとんでもないことなのですが、当時の常識ですともっと深刻な意味を持ちます。髪を切る→女性性の証を失う→尼になる(出家)ということを暗に表しているのです。

恋が叶わなかったり極限状態に陥った女性がバッサリと髪を切る=出家するという演出は、他にもいろいろな演目で見られますので、覚えておくと便利です。一昔前に「失恋=髪を切る」というような風潮があったと思うのですが、これが由来のひとつなのではないかなと思っています。

 

と、そこへ大星由良之助が現れて、義平に対して丁重にお礼をします。商人の身でありながら、妻と別れ、子の命をも厭わず、主君・塩冶判官の敵討ちのために尽くしてくれた男に対しての感謝。言葉では表現しがたいものがありますね。

そして由良之助は「御亭主への置き土産」といって、とある包みを義平に渡します。

 

義平はこれをお金の包みと思い、「お礼のためにやったのではありません。町人と思ってあなどるのだな」とムッとします。もっともです。ぐっと押し返すと、包みがはらりとほどけます。すると中から現れたのは、切り落としたお園の髪と、義平が書いた去り状でした。

 

実は、先ほどお園の髪を切り落としたのは、尼にすることで了竹の再婚計画を阻止しようという、由良之助の計らいであったのです。

「髪は100日もあれば伸びるであろう、我々の討ち入りも100日もあれば叶うであろう。我々の討ち入りが果たせた暁に、義平さんとお園さんはもう一度結婚し直してください。それまでお園さんは、由松くんの乳母としてこの天川屋で働いてください」という由良之助

討ち入りという一大プロジェクトを完遂させる男というのは、こんな細部まで入念に計らうものなのだなと思わせる、立派なありようです。武器調達を依頼した商人の家庭の円満、そこまで気を配ってやっと果たせる討ち入りですので、物語が説得力を持つんですね。

 

義平お園は、深く感じ入ってお礼をします。由良之助義平が町人でなければともに討ち入りをすることを前提として、討ち入りの合言葉を天川屋にちなむことを約束します。

来たる高師直の館への討ち入りは、夜討で計画しています。現代のような照明はありませんから、当然暗闇です。そんななかで出くわした者同士が仲間同士であることを確認するために、合言葉が必要です。

 

由良之助はじめ浪士たちは「『天』と声をかければ、『川』と答える。これを合言葉にします」と義平に聞かせます。義平殿も我々とともに夜討に入るのと同然です、というわけです。

義平お園はこれを喜び深くお礼をして、討ち入りの成功を願います。そして一同はさらばさらばと別れ、十段目 天川屋義平内の場は幕となるのでした。身分差のあるなかで、義侠心を貫き、さむらいから認められた義平。現代では上演頻度の少ない場面ですが、江戸時代当時は人気があったというのもわかる気がします。

 

参考文献:新版歌舞伎事典・歌舞伎登場人物事典・国立劇場上演台本

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