先日のお話ですが、豊洲のIHIステージアラウンド東京に出かけまして、新作歌舞伎 ファイナルファンタジーXを拝見してまいりました!
私は暗闇や乗り物が体質的にとても苦手であり、またゲーム音痴で原作についても疎いため、拝見する予定はありませんでした。が、親しい芝居好きの方々からのおすすめにより気持ちが変わり、おそるおそる行ってまいりました。
結論から申しますと、迷っておいでの方には是非にとおすすめしたい素晴らしい作品でした…!
気楽にどうぞとはとても言えないお値段ではあるのですけれども、あくまで私の価値観ではそれだけの価値を感じる内容でした。ステージアラウンドでの歌舞伎体験はこれが最初で最後ですので、ぜひご検討ください。
素晴らしい体験でしたので、備忘録として感想を少しばかりしたためておきたいと思います。楽しみにしていらっしゃる方が大勢いらっしゃると思いますので演出等の詳しい内容は記載いたしませんが、いかなるネタバレも避けたい方はどうぞこの先をお読みにならないようご注意ください。
また、私は原作ゲームをプレイしておらず、様々な動画などであらすじをおさらいした程度です。原作ファンの方がご不快に思われるような発言をしてしまうかもしれません。何卒ご容赦願います。
この先ネタバレ注意
盛りだくさんでしたので、まずは芝居体験の大枠から。
会場のIHIステージアラウンド東京は360度全てがステージになっていて、客席そのものがぐるぐると回転する巨大な円形劇場です。残念ながら今回の公演をもって取り壊しが決まっています。
初めて体験しましたが、まさに遊園地のアトラクションさながらです!映像・照明の演出が目まぐるしく、通常の歌舞伎公演のように場面転換の時間もないので、途切れることなく物語の世界が続きました。役者さんも裏方の方も、猛烈な情報量のなかで日々取り組まれていることと思います。
総上演時間は6時間と大変に長いのですが、没入感がものすごいので体感的にはそんなに長くはないような気がしました。しかし登場人物たちと共に冒険している感覚になるので、数カ月、数年にも感じるような不思議な体験でした。
劇場の周囲は陸の孤島のような場所であり、前編・後編の間には1時間半程度の空き時間があり不安になりましたが、日替わりというキッチンカーが来ていて、テントなどの休息スペースも用意されていてありがたかったです。素晴らしい心配りですね。
江戸時代の芝居体験が一日がかりであったことを思い、未来の歌舞伎というのはこんな感じなのかなあなどと想像してワクワクした次第です。
続いて芝居について。こちらがもう、詳しくは申しませんが本当におもしろかったです!!
歌舞伎の演出というのはやはりすさまじい説得力があり、邦楽は素晴らしいと再確認できる内容でした。上演前に役者さんとキャラクターがわからなくならないようにおさらいして臨み、キャラクターを知らないなりにも皆様それぞれの魅力を感じて大興奮でした…
とても全員語りつくせないのですが、特に米吉さんのかわいさが尋常でなかったので本当に三次元なのかと目を疑いました…一体どうなっているのでしょうか。。米吉さんとボブの破壊力はちょっと本当に。梅枝さんが新作歌舞伎にご出演になるのも非常に珍しいですよね!存在感に目を奪われました。
さらに芝のぶさんの迫力、時間が止まって見えるかのようにすさまじかったです。初めて歌舞伎をご覧になった方のなかには女性だと思ってしまう方もおられるのではないでしょうか。女性のようだからすごいというわけではなくて、性別も人間も超越した力を感じました。芝のぶさんのお芝居をいろいろな役で拝見したいと切に願います。
蔦之助さんの実況もツボでした。まさか歌舞伎の舞台であのノリを体感できるとは。もう一度聞きたいです。
そして何より、「ファイナルファンタジーX」の物語そのものが素晴らしいなと感じました。
平家物語のような無常観に満ちていて非常に浄瑠璃的で、歌舞伎の演目として違和感がなかったです。方丈記の「知らず、生まれ死ぬる人、いづ方より来りて、いづ方へか去る。」という一節のような壮大な悲しみが物語を貫いていて、その美しさに心奪われました。
浄瑠璃はじめ日本語の芸術の悲哀と美しさは、「あす日常の風景すべてが奪われる可能性」を常に感じざるを得ない環境のもと育てられてきたものだと思います。その精神性がゲームの物語の中に残され、現代に連綿と続いていることがうれしく、また心強く思いました。歌舞伎や古典邦楽が愛される土壌はまだしっかりと残っているのだなと。
近年菊之助さんが取り組まれてきた新作歌舞伎2作「風の谷のナウシカ」「ファイナルファンタジーX」はともに、人類の過ちと巨大な理不尽に立ち向かう人々の生きざまと悲哀というテーマが共通していました。
これが私には時代物の悲劇の構造に似ているように思われます。心に仇を持っていたり、巨大な理不尽の前に慕い会う人々が引き裂かれたり、苦難に際し親子の情愛が深められたり。現代の日本人にとって最大の理不尽はおそらく戦ではなく「災害」であり、2作に共通している大きな災厄の存在は、それらの比喩なのではないかと。
菊之助さんご自身がお好きな作品であるというだけでなく、現代人に古典の物語構造の美しさを伝えるのに適した現代の物語を本当に丁寧に選ばれているのだろうなと感じました。現代を生きる歌舞伎役者として、現代人に沁み入る物語を「歌舞伎」として伝えようという思いを感じ、菊之助さんへの信頼感がさらに深まった次第です。
菊之助さんの今後のご活躍が本当に楽しみで、同時代を生きていけることを心強く、またしあわせに思います。
とにかく今回は勇気を出して出かけてよかったです。素晴らしい体験になりました!