ただいま歌舞伎座で上演中の鳳凰祭四月大歌舞伎
現在の第五期歌舞伎座が開場から十周年を迎えた記念の公演です!
夜の部で上演されている「与話情浮名横櫛」は、ともに人間国宝であり長年のゴールデンコンビでもある仁左衛門さんと玉三郎さんが主役の与三郎とお富のカップルをお勤めで、話題を呼んでいます。
この演目については過去の上演の際にお話したものはこちらにまとめましたので、ご参考にしていただければと思います。ここでも全体のあらすじを簡単にご紹介しているのですが、表面的なことばかりでお話し足りないので、せっかくですからこの機会に詳しくお話しておきたいと思います。何らかのお役に立つことができれば幸いです。
そもそも与話情浮名横櫛とは
与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)は、1853年(嘉永6)1月 江戸・中村座で初演された、三代目瀬川如皐作のお芝居です。
商家の若旦那・与三郎が、土地で幅をきかせている危険な筋の男 赤間源左衛門の女 お富といい仲になったために、取り巻きから体中を刃物でズタズタに傷つけられてならず者となるのだが、数年後お富と再会してしまい…というハードなラブストーリーであります。
ちょっとくわしいあらすじ⑥源氏店の場
物語は大きく「木更津海岸見染の場」「赤間別荘の場」「源氏店の場」の三つの場面で展開していきます。下記の全体の流れに沿ってお話したいと思います。
演出や様々な条件の変化で、内容が変わったり前後したりすることがあります。その点は何卒ご容赦ください。
⑤源氏店の場
蝙蝠安という清潔感のない男が、頬かむりで全身傷だらけの男を連れて、お富の暮らす妾宅にお金をたかりに来ました。大変迷惑なので、お富は一分のお金を与えて帰ってもらおうとします。想像以上の臨時収入に蝙蝠安が喜んで帰ろうとするところ、連れの男が突然「百両百貫もらっても帰れない」と言い出しました。
そして
「御新造さんえ、おかみさんえ、お富さんえ、イヤサ、お富
久しぶりだなァ」
と言って手拭いを外すと、男はなんとあの与三郎。お富はびっくりして、二人の見得になります。このセリフの部分の段取りは、言葉と動きが非常に緻密に練り上げられていて、大変美しいシーンです。この演目と言えばここという数秒間ですので、ぜひ最大級に集中してご覧になってください。
与三郎は「しがねえ恋の情けが仇…」と、あの夜からこれまでの来歴を語り始めます。
体を斬り苛まれながらもどうにか命を取り留めた与三郎は、親から勘当されて放浪の身に。しかし顔面に傷というインパクトが幸いし、「切られ与三」の異名にて、チンピラ稼業で食いつないできたのでした。
そんななか流れついたこの源氏店にて、死んだと思っていたお富と出会うとはまさに青天の霹靂。そればかりか、こんなしゃれた妾宅にて囲い者、つまり誰かの愛人になっているとは…。人の女に手を出した自分自身も悪いけれども、全身に合計34か所もの切り傷を受けたのは一体誰のためだったのか。
海に飛び込んで死んだお富を忘れずに、念仏も唱えていたのに、「今聞きゃァ、立派な亭主がある、それじゃァ手前済むめぇがな」という与三郎の嘆きはもっともです。
お富にも言い分があります。「囲われ者」というのはあくまでも表向きのことで、肉体関係どころか、色っぽいことは少しもなく、ただただこの家の留守を預かって、日々針仕事などをしているだけなのです。あの赤間別荘の夜を与三郎の命日と思い、これまで片時も忘れたことはないのに、そんな言い方はあんまりじゃない…と。
しかしながら、こんな妾宅まで用意して何不自由なく養った挙句、肉体関係を一切持たない男がどこにいるかと、呆れてしまう与三郎。これからお富を囲っている男と談判して、お富を自分の女房にするか、手切れ金をせしめるかどちらかだと啖呵を切り、蝙蝠安もそうだそうだと煽ります。
与三郎と蝙蝠安が隠れていた藤八をつかまえて、お富を囲っているのはどこのどいつだと脅すところへ、ちょうどよく旦那の和泉屋多左衛門が帰り、あなたはお富の身寄りの方ですかと尋ねます。
与三郎は、この女は行方不明になっていたワケありの女です。助けていただいてありがたいはありがたいが、一体どういうつもりで世話しているのか、それだけ聞かせてくださいと答えます。男女の仲なのか、そうでないならいったいなぜなのか、そこにものすごくこだわる男心です。
たまたま海でおぼれていた女を引き上げたら、身内(みうち)に傷があったので介抱し、身寄りがないというので養っていたというだけですが…と答える多左衛門。
そういった男女関係を気にされるのはもっともですが、あなたはそもそもお富とどういうご関係ですか…と尋ねられ、与三郎が返事をするより先に「これは私の兄なんです、兄なんですよ」と答えてしまうお富。
大変お世話になっている多左衛門の手前、お富はお富なりにとても気まずいんですね。このようすを見て、多左衛門は与三郎とお富の関係を察しました。
多左衛門は何も言わず、そばでもじもじしている蝙蝠安に声を掛けます。
実は蝙蝠安のお父さんは、多左衛門が大番頭を勤める和泉屋で奉公していた人物だったのです。つまり、蝙蝠安にとって多左衛門はお父さんの上司ということです。お前は18歳でお父さんから勘当されて、いまだにこんなことをしているのか、多左衛門は蝙蝠安とたしなめます。
ごちゃごちゃ言ってないで、まずは俺の方の片をつけろとすごむ与三郎。
多左衛門は「お富を連れて行きたければそうしていただいて結構ですが、私がお富を養っていたのもいろいろとわけのあることです。とりあえずこのお金でどうにか堅気の商売を始めて、まともに生きていってください」と言って、与三郎に十四、五両のまとまったお金を渡します。
それでもまだごねる与三郎でしたが、蝙蝠安は多左衛門に頭の上がらない身ですから、もう良いからとにかく早く帰ろうとなだめすかして妾宅から立ち去ります。
与三郎は多左衛門からもらったお金の分け前を蝙蝠安に渡して先に帰らせると、妾宅の陰に身を隠すのでした。
一方妾宅では、和泉屋の下男がやってきて、仕事の急用があるのでお店に戻って下さいと多左衛門を呼びにやってきました。大店の大番頭さんは一流ビジネスマンですから、とても忙しいのです。急いで行かねばならない多左衛門は、後でこれを見なさいと言って、お富に守り袋を渡して妾宅を出ていきます。
歌舞伎に出てくる「守り袋」、および「臍の緒書き」という品物は、その人の出自が明らかになるアイテムとして機能することが多いです。そのお約束に則ってお富も、この守り袋をチラリと見ただけで「多左衛門は実の兄だった」と知ることになります。
ここまで親切にしてくれたのは、お兄さんだったからなのね…よよよ…と、感動するお富。そこへどかどかと乱入してきた与三郎に、お富は真実を伝えます。
これで多左衛門とお富の関係への疑念も晴れ、すっきりとした再会の喜びに集中するふたり。与三郎が「生涯お前を離さねぇぞ」とお富を抱き寄せるところで、与話情浮名横櫛は幕となります。
おぼっちゃまがやくざの女を寝取って修羅場を経験、チンピラになり果てて再会し、結果的にはハッピーエンドという、忙しいラブストーリーでした。
歌舞伎では愛し合う男女が心中してしまう筋も多いなか、二人がそれぞれにボロボロになりながらもしぶとく生き延びて、結局は一緒になれるというのは、なんだか生きるパワーに溢れていて素敵だなと思います。
参考文献:白泉社 歌舞伎オンステージ 与話情浮名横櫛