早くももう五月、團菊祭の季節ですね!みなさまいかがお過ごしでしょうか。
このすえひろはといえば、湯たんぽをお布団に入れる時節ではないぞとようやく気が付いたところです。ここのところ夜中にお布団をはいでいたのは湯たんぽのせいでした。昨年も團菊祭の幕が開いたことで新緑の季節の到来に気が付きました。歌舞伎興行が体内カレンダーのように機能していることを実感します。
もう五月になってしまいましたが、先月の歌舞伎座・鳳凰祭四月大歌舞伎夜の部で上演されていた「与話情浮名横櫛」の浮世絵をもう一枚ご紹介したく筆をとりました。前回の芳年の作品とは違い、役者をフューチャーしているものです。
三代豊国「今昔児手柏 志ほ干の与三・かうもり安」
国立国会図書館 三代豊国「今昔児手柏 志ほ干の与三・かうもり安」
三代目歌川豊国(国貞)の「今昔児手柏(こんじゃくこのてがしわ・安政2年4月)」より、八代目市川團十郎のしほ干の与三と、五代目市川海老蔵(七代目市川團十郎)のかうもり安を描いたものです。役名からお富与三郎を題材とした作品群の中の一枚であることがわかります。
かうもり安、つまり蝙蝠安に扮している五代目市川海老蔵は、前名・七代目市川團十郎。文化文政期を中心に活躍した江戸の大スターです。
ものすごい眼力ですね!蝙蝠安といいながら肝心のコウモリタトゥーが見えないのですが、そこは気にしないことにします。立派なお顔を隅々まで見せるためであったかもしれません。
七代目團十郎は勧進帳の弁慶を初演したことでも有名な方で、さぞかし立派で迫力のある弁慶であったことだろうと思わせるお顔立ちです。古典歌舞伎の名作を見る時は、浮世絵で初演の役者さんのお顔立ちや描かれ方を見てみると、お勤めになる役者さんが目指すものや、役柄の想像がより膨らみやすいのでおすすめですよ。
一方、与三郎に扮している八代目團十郎は七代目の息子なのですが、お父さんの美しいところを中心に引き継いだ思われる大変な美男です。ご覧くださいこの美男ぶりを。
大変な美男であるうえに、口跡も良くて芸熱心。さらに孝行者、上品、粋…というように、あらゆる誉め言葉を一身に集めたような方であったので、幕末の人々は彼に大熱狂したそうです。まさにスーパースターでした。
そしてこの八代目團十郎こそが、与三郎を初演した役者であり、後世にまで残る当たり役とした方です。仁左衛門さんの麗しさに歌舞伎座じゅうからため息が漏れたようだった木更津海岸見染の場での「羽織り落とし」の場面も、この方が演じたものだそうです。あの何気ない出来事だけで恋情を覚らせるという見事さ。江戸の人の演出センスは本当におしゃれだなと唸らされます。
スーパースターであった八代目團十郎ですが、人気絶頂というところで自らこの世を去っています。突然の出来事ゆえ未だ動機は不明のようで、様々な憶測を呼んでいます。外からどのように思いめぐらしても、ご本人しかわからないことです。
亡くなったのはこの絵が描かれる前年の嘉永7年ですから、亡くなった後に出版された当たり役でのイメージショットということになります。当時は写真も映像もありませんから、ファンの方々はせめてこうして絵を手にすることで面影を偲んでいたのではないでしょうか。舞台写真ばかりでなくブルーレイまで手にできるというのは、大変ありがたい時代です。
余談ですが、与話情浮名横櫛の相生の衣裳の帯にさりげなく三升の紋があしらわれていて、成田屋ゆかりの演目と知れます。写真や配信、放送などでぜひ確認なさってみてください。