東京ではようやく梅雨入りしましたね。みなさまいかがお過ごしでしょうか。
このすえひろはといえば、ちょっとここのところ心血を注いで取り組まねばならぬことがありまして、バタバタしておりました。しかしながらいつも通り歌舞伎に使う時間は削れませんで、定額制を利用して隙あらば歌舞伎を拝見しております。やはり生の舞台は元気が出ますね。
そろそろ千穐楽ということもあり、備忘録として六月大歌舞伎 昼の部の感想をしたためておきたいと思います。
忘れられない妹背山婦女庭訓
昼の部は、「上州土産百両首」「時鳥花有里」「妹背山婦女庭訓 三笠山御殿」という狂言立てでした。
「上州土産百両首」は、幼馴染の二人がスリとして再会し、カタギに戻って10年後の再会を誓うものの、人生はそう甘くなく…という人情物語です。私はこういった義理人情の話が大好きでして、テレビドラマなどで見かけなくなっても、舞台の上にはずっと残っていてほしいなあと切に願っています。
今回は獅童さんの正太郎、菊之助さんの牙次郎という配役。菊之助さんの牙次郎はイメージが湧かなかったのですが、想像以上によく合っていて感動しました。菊之助さんの牙次郎はただ単にぼんやりな人なのではなくて、内面に理知的なものを秘めているようすに深みがあり、なんとかしてやりたいと思う獅童さんの正太郎の友情に説得力が生まれていました。12月の「あらしのよるに」でのご共演が楽しみですね。
そしてなんといっても、幕切れの歌六さんが素晴らしかったです。無言でありながら、親分の器が伝わるたたずまい。たまらなかったですね。しびれました。親分、あっしは一生ついていきやす、と言いたいような。
続く「時鳥花有里」は、義経千本桜を題材とした舞踊です。
又五郎さんの義経に種之助さんの傀儡師、孝太郎さんの白拍子三芳野という配役でした。さらに鷲尾三郎に染五郎さん、白拍子に児太郎さん、米吉さん、左近さんといった華やかなお顔触れであります。左近さんのがとても可愛らしく、近ごろ驚かされることが多いです。また染五郎さんはおじいさまの白鸚さんに似ていらっしゃるのだなあと思いました。今回のお化粧のせいでもあるのでしょうか。
最後は、六代目時蔵襲名披露狂言として上演されている「妹背山婦女庭訓 三笠山御殿」
もう、これは本当に素晴らしかったです…。正直なところこの演目はお三輪がかわいそうなばかりであまりに理不尽なので好きではなかったのですが、時蔵さんの襲名披露としてこの上なく素晴らしく、きっと今月のことは一生忘れることができません。
瓜二つの三代目時蔵の古い舞台写真がそのまま動いているようでありながら、今の時代を生きている生身の当代時蔵さんが目の前でほとばしるような汗を流し、全身全霊でこの役に取り組んでいる、そんな姿に強烈な感動を覚えました。
その汗というのは、首元の白粉が流れ落ち、襟元にしみ出してしまうほどだったのですよね。自分にとって時蔵さんは、浄瑠璃の世界から飛び出してきた役の概念のような存在で、とても良い意味で生身の人間として舞台を拝見したことがありません。そんな時蔵さんがそれほどまでに汗を流しておられる姿。
やはり代々受け継がれてきた名前を襲うというのは特別な何かがあるのだろうと、素人目にも伝わってきました。時代を超えたフィルターを何層も重ねて目の前の舞台を見ているようで、歌舞伎っておもしろいものだなあと心から思いました。
時蔵さんと同世代に生まれ、同じ時代を生きていけるというのは本当に幸運なことで、古典歌舞伎を愛する者のひとりとしては、時蔵さんの存在自体が希望そのものです。今後のご活躍を本当に楽しみにしています。
ちょっと感動が大きすぎて、抽象的な言い方ばかりになってしまいました。
ご親戚大集合のいじめの官女や仁左衛門さんの豆腐買おむらなど、今回の襲名ならではの残しておきたい思い出がたくさんありますので、また後日、千穐楽によせて具体的な思い出を残しておこうと思います。