また暑くなるようですが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。
気温の乱高下で体調を崩しやすくなりますので、何卒ご自愛くださいませ。おかしな陽気が続きますと、療養されていると思われる仁左衛門さんのお加減が心配になります。一日も早く症状がおさまり、御平癒なさいますようにと祈るばかりです。
近ごろこのすえひろはといえば、本棚における筋書の容量に悩み始めております。かなりのものであり、今後も毎月一冊ずつ増えると思うと対策が急務です。
友人から「仕方がないので舞台写真の部分を切り取って保存し古いものは処分している」と聞き、私もそうせねばならないかなあとは思うものの、表紙も綺麗でコラムも面白く、インタビューまで載っているのですから、なかなか踏み切れません…。スキャンも良いのですが、紙で持っていたいのが本音です。困りました。
さて先日のお話ですが、歌舞伎座へ出かけまして團菊祭大歌舞伎の第三部を拝見してまいりました。備忘録として少しばかり感想をしたためておきたいと思います。
芳年作の実写化さながらで大興奮
第三部は「市原野のだんまり」「弁天娘女男白浪」という狂言立てです。
「市原野のだんまり」は、今昔物語をもとにしただんまりです。高貴なる平井保昌を梅玉さん、盗賊の袴垂保輔を隼人さん、鬼童丸を莟玉さんがお勤めになりました。
これがとにかく美麗で美麗で、梅玉さんが舞台に現れた瞬間からもう、月岡芳年の「藤原月下弄笛図」そのものでした…
国立国会図書館デジタルコレクション
この絵ですね。
笛を吹きながら夜風に吹かれる貴人の藤原保昌(平井保昌)を、盗賊の袴垂が今にも襲いかかろうとするが、保昌の気配に圧倒されているというシーンを描いたものです。
梅玉さんの保昌を中心として、まさにこの絵をアニメーションで見ているような体験でした…興奮しました…。単に御三方の見た目がお美しいというだけではなく、にじみ出る品性が生の舞台をより流麗に見せていたのだと思います。
芳年の絵の線の美しさ、わずかに毒をはらんだ空気感を、そのまま三次元で見るようでした。芳年ファンの方にはぜひ生でご覧いただきたい舞台です。
続く「弁天娘女男白浪」は、数ある歌舞伎演目のなかでも屈指の人気作。盗賊白浪五人男の一員である弁天小僧菊之助が、女装して呉服店へゆすりかたりに入るという世話物の傑作ですね。
今回の配役はぐっと若く、尾上右近さんの弁天小僧、巳之助さんの南郷力丸、隼人さんの忠信利平、米吉さんの赤星十三郎、彦三郎さんの日本駄衛門というお顔触れでした。
若い世代の方々が揃っているためかリアル感があり、不思議と現代ドラマを見ているような感覚でした。歌舞伎座の大舞台での白浪五人男というのは役者さんにとってもおそらく特別な晴れ舞台なのではないでしょうか。喜びに満ち生き生きとしたエネルギーが感じられて、胸が熱くなりました。
右近さんの弁天小僧を拝見しながら、頭の中で菊五郎さんの弁天小僧を一緒に再生していて、改めて菊五郎さんのすごさを感じました。
舞台上のすべての出来事が何気なく運んでいるように見えて、実はすべてが歌舞伎の音とリズムになって表れているのだなと。世話物の芝居がいかに難しいものなのか、改めて気づかされたように思います。
菊五郎さんの珠玉の芝居と並行して、若手のみなさまが遥かなる芸の道を歩まれているところを拝見できる時代を生きているのは、本当に幸せなことです。次回見ることになる弁天小僧はどなたでしょうか。今から楽しみです。願わくば菊五郎さんの弁天も見たいです。叶いますように。
それと、私は東蔵さんと橘太郎さんが大好きで、今回はお二人とも拝見できてとてもうれしかったです。
特に橘太郎さんの番頭さんはたまらないです。おかしみを醸しながらも、舞台全体がグッと引き締めているように思います。何気なく見えるのに、橘太郎さんであるかどうかで演目全体のおもしろさが変わる役が多いというのは唸らされます。
私は江戸の空気など知らないのに、そこに橘太郎さんいらっしゃるだけで、なんだか劇場全体に江戸感が漂うと申しますか、落とし噺から飛び出してきた方が現代の舞台に紛れているかのような気配がします。
世話物の芸の深みを思い知らされた「弁天娘女男白浪」でした。