ただいま歌舞伎座で上演中の六月大歌舞伎!
夜の部「夏祭浪花鑑」は、数ある演目の中でもたいへん有名なものです。
今月初めて歌舞伎をご覧になった方もおいでかと思い、
この演目でも使われている歌舞伎の用語についてのお話をひとついたします。
芝居見物の楽しみのお役に立てればうれしく思います。
本物の水
夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)は、
浪花の男伊達である団七九郎兵衛が、
恩を受けた玉島兵太夫のご子息である磯之丞とその恋人の琴浦のために
舅である義平次を手にかける…というお話です。
「悪い人でも舅は親、許してくだんせ」というのが名セリフのひとつであります。
祭りのにぎわいが聞こえてくる長町裏の泥田にて
強欲で憎々しい義平次をつい手にかけてしまう臨場感あふれる場面。
ここでは舞台の上で本物さながらの泥が使われていて、
夏のうだるような暑さの中べっとりと泥が体にまとわりつく不快感が
客席まで伝わってくるようです。
ついに義平次の息の根を止めた団七は近くにあった井戸から水をくみ上げ、
しでかしまったことをかき消したいかのようにザッバザッバと本物の水を体にかけます。
こうして舞台の上で本物の水を使うことを、
歌舞伎の演出用語では本水(ほんみず)と呼びます。
人は、本来水があってはならないところに水があるのを見るとドキドキするものなのか、
本水の演出には独特のワクワク感があるように思います。
たとえば昨今たいへん人気のワンピース歌舞伎などでも、
ドバドバと滝のような水が流れ落ちるなかでの立ち回りが大きな見せ場となっています。
夏祭浪花鑑のような古典演目では新作歌舞伎と比べ水の量こそ少ないですが、
古くからこのような涼やかな演出がなされ、夏の芝居を楽しんできたのだなと思うと
季節を楽しむこころの豊かさに感動を覚えます。
本水の水量がかなり多い演目では水しぶきがあがり、
最前列の方が濡れてしまうおそれがあるために、
シートのようなかぶりものが配られることがあります。
こうした配慮は江戸時代からあり、
そのため最前列の事を「かぶりつき」と呼ぶのだという説もあります。
最前列でしか味わえないスプラッシュ。いつか味わってみたいものです。