歌舞伎ちゃん 二段目

『歌舞伎のある日常を!』 歌舞伎バカ一代、芳川末廣です。歌舞伎学会会員。2013年6月より毎日ブログを更新しております。 「歌舞伎が大好き!」という方や「歌舞伎を見てみたい!」という方のお役に立てればうれしく思います。 mail@suehiroya-suehiro.com

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やさしい奥州安達原 その二 ざっくりとしたあらすじ①

ただいま歌舞伎座で上演中の壽 初春大歌舞伎

昼の部「奥州安達原 袖萩祭文」は、時代物の傑作として有名な演目であります。

今月は安倍貞任・宗任兄弟を芝翫さん・勘九郎さんがお勤めになっています。

義太夫狂言らしい悲劇もあり、歌舞伎らしい華やかさもありグッとくる演目ですので、

この機会に少しばかりお話してみます。

芝居見物のお役に立てればうれしく思います。

誘拐事件が責任問題に発展

奥州安達原(おうしゅうあだちがはら)は、

宝暦12年(1762)9月に大坂は竹本座にて初演された人形浄瑠璃の演目。

翌年に江戸で歌舞伎に移されました。

 

平安時代末期に陸奥の国で繰り広げられたいわゆる「前九年の役」のあとが舞台。

奥州に攻め入った八幡太郎義家への復讐を目指し、

再挙しようとがんばる安倍貞任・宗任兄弟の姿を描きます。

 

全5段にわたる演目でありましたが三段目にあたる「環宮明御殿の場」が上演されることが多く、

現在も「袖萩祭文」の通称で上演されています。

 

この「袖萩祭文」は約250年前に始まり戦争など途絶え、人々の手で復活させたという

福島県金山町の農村歌舞伎「山入歌舞伎」のレパートリーのひとつでもあり、

地域の方々により上演されたいへん愛されているようです。

 

奥州といえば福島県を含みますのでまさにご当地の芝居なのですね!

youtubeで公開されている映像を拝見し感動いたしました…!

 


山入歌舞伎「奥州安達ヶ原・袖萩祭文の段」(山入近隣会芸能発表会)

一時間以上の芝居、しかも義太夫狂言を、

地域の方々の手で作り上げるというのは並大抵のことではありませんものね…!

毎年9月5日のお祭りに上演されるそうですので、いつの日かぜひ拝見してみたいと思いました!

 

話がそれてしまいましたが、そんな「袖萩祭文」のあらすじを簡単とお話してみたいと思います。

上演のタイミングや配役などにより若干変わることもありますので、

ざっくりと内容を掴んでいただければと思います。

 

舞台は、雪の降りしきる環宮(たまきのみや)明御殿(あきごてん)であります。

環宮は後朱雀天皇の弟君であり、お守りせねばならぬやんごとなきお方。

しかしなぜか現在お留守にしています。お留守というより一大事なのです。

 

その一大事というのは、誘拐事件。まだ小さい環宮は、

養育係の平傔仗直方(たいらのけんじょうなおかた)という人物がいながら、

吉田神社へお参りに出かけた際に何者かによってさらわれてしまったのでした…!

 

直方は、期限内に環宮さまの行方がわからなければ切腹しなさいと命じられており、

まさに今日がそのタイムリミットであるというところなのであります。

 

直方には二人の娘がいまして、

片方の娘・敷妙(しきたえ)八幡太郎義家の元へ嫁いでいました。

八幡太郎義家といえば、この奥州を支配していた安部一族を討伐した源氏の立派なおさむらいです。

現代でも名将として伝わるような、大人物であります。

直方はそんな立派な婿殿からも、

お義父さん…この罪ばかりはどうしようもないです…と言われてしまっているのでした。

 

お公家さんの桂中納言教氏(かつらちゅうなごんのりうじ)も、

「白い梅の花=潔く切腹したらどうですか」というメッセージを送ってきています。

まさに待ったなしの状態。そのような事情で直方は、

ともに環宮さまをお守りしている妻の浜夕(はまゆう)とふたり、

緊迫した時を過ごしているところです。

 

 

ああ…どうしたものか…というところへ、

なにやらみすぼらしい身なりをした子連れの女性が

明御殿へ向かってとぼとぼとやってきます。どうやら目が見えないようす。

一体これはどなたなのだろうか?というところで次回へ続きます!

 

参考文献:新版歌舞伎事典/日本大百科全書/金山町文化財 山入歌舞伎/義太夫協会

公演の詳細

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