ただいま歌舞伎座で上演中の
八月納涼歌舞伎!
娯楽性の高い演目が並んだ夏休みらしい公演です。
そんななか第一部「伽羅先代萩」は古典の名作中の名作。
乳人政岡という女形の大役を七之助さんが初役でお勤めになること、
甥にあたる勘太郎さん、長三郎さんがご共演なさることで話題を呼んでいます!
上演頻度も高く、派生した作品もたくさんありますので
今月上演の「御殿・床下」の場面についてじっくりとお話いたします。
芝居見物のお役に立てればうれしく思います!
鼻高幸四郎の魅力が満載
伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)は、
1777(安永6)年4月大坂は中の芝居で初演された演目です。
とはいっても現在の上演スタイルは初演そのままというわけではなく、
別の作品からいろいろと取り入れておもしろくなったという成り立ちです。
「実録先代萩」「裏表先代萩」「伊達の十役」などなど、
伽羅先代萩をアレンジした作品がたくさんありますが
パロディ的なものは元ネタを知っていた方がよりおもしろく楽しめるかと思います。
歌川豊国/局政岡・仁木弾正・男之助・河津三郎・股野五郎・き世川・菖蒲前・頼政・井ノ隼太
国立国会図書館デジタルコレクション
その十一では、仁木弾正のモデルについてお話いたしました。
仁木弾正は御家乗っ取りをたくらむ悪人として描かれていますが
モデルとされている原田甲斐には、善悪両極端の解釈があるようでした。
芝居の仁木弾正はといえば、もはや人間の能力を超越してしまい
ネズミに変身できる妖術まで使いこなすという想像を絶する悪ぶりであります。
御殿・床下の場ではほんの数分しか舞台の上におらず、セリフもないにもかかわらず、
強烈なインパクトを残して去っていくという存在感抜群の役です。
この役をこれほど強烈なものへと作り上げたのは
江戸後期の名優の五代目松本幸四郎であります。
この方は「鼻高幸四郎」と呼ばれるほどに鼻が高く、目は落ちくぼんで眼光鋭く、
見得をしただけで子供がワッと泣き出すほどにすごみがあったと言われています。
おそらく昔にしては彫が深くて日本人離れしていた…という程度であったのが、
恐ろしい役がたくさんついて様々な伝説が加わり浮世絵などにも描かれ
どんどんお話が膨らんでイメージが形成されてしまったのではないかな~と想像しますが
とにかく「見た目がすごい」ということが今に伝わっている役者です。
五代目幸四郎はやさしく温厚な人物であったそうですが、
見た目の強烈さから実悪の役どころで大変評判を呼んだそうで、
そんな持ち味のすべてを投入して仁木弾正のイメージを作り上げたのであります。
現代においても仁木弾正の役には左の眉の横にほくろを書き
衣装に四つ花菱の家紋をあしらう型が上演されていますが
これは五代目幸四郎の姿を継承したものなのであります。
そんな五代目は息子が生まれたという知らせを受けた際、
すぐに「仁木のできる面か」と尋ねたと伝わっているそうです。
それほどに魅力的な役どころであり、
ご自身で作り上げた役への自負があったのであろうと思われます。
五代目幸四郎と当代の幸四郎さんは血縁はありませんし、
当代の幸四郎さんは五代目のようなお顔立ちではない大変お美しい方ですが
それでもその強烈さ、ゾッとするような存在感にはしびれますね!
参考文献:歌舞伎登場人物事典/朝日日本歴史人物事典/祐天寺歴史文化館/歌舞伎 家・人・芸