歌舞伎ちゃん 二段目

『歌舞伎のある日常を!』 歌舞伎バカ一代、芳川末廣です。歌舞伎学会会員。2013年6月より毎日ブログを更新しております。 「歌舞伎が大好き!」という方や「歌舞伎を見てみたい!」という方のお役に立てればうれしく思います。 mail@suehiroya-suehiro.com

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小栗判官とは何者なのか? その二

新橋演舞場で10月・11月と二カ月にわたり上演され、

2020年2月には博多座、3月には南座と上演される

スーパー歌舞伎Ⅱ オグリ

スーパー歌舞伎ならではの斬新な演出で非常に話題を呼んでおります!

 

このすえひろは11月に拝見してまいりましたが、

どうしても湧き上がるのはやはり、小栗判官とは一体何者なのか…?という思いであります。

 

歴史上の人物のような名前ですがそうではなくあくまでも伝説上の人だそうですが、

それならばどのようにして生まれて、どのようにして現代まで伝わってきたのだろうか…

ということが気になり、少しばかり調べてみました。

しかしながら調べれば調べるほど深みにはまり混沌としてまいりました…

すべてまとめ上げる自信がありませんので、ひとまずざっくりとだけお話してみたいと思います。

小栗判官のモデル 

その一では、「小栗判官」の物語を生み出した音楽である説教節の特性についてお話いたしました。

 

一度地獄に落ち、病の餓鬼阿弥として現世に戻り、

熊野権現の湯にて蘇った小栗判官そのものはもちろんファンタジーで

伝説の中に作られた人物とされていますが、

実は1400年頃に常陸国(現在の茨城あたり)に城を構えていた小栗氏という一族が実在し、

上杉氏が起こした乱で足利持氏に敗れた小栗城主満重の子である

小栗助重なる人物が小栗判官のモデルであるとされているようであります。

この人物はさまざまな伝説となって伝えられており諸説がありすぎる状況ですので、

おぼろげに、ぼんやりとお話したいと思います。

 

常陸の国を追われた小栗城主・満重の子小栗助重は、

小栗一族の住む三河国(現在の愛知県あたり)を目指して逃れていく中で

相模の国(現在の神奈川県あたり)で一時的に潜伏。

ここでなんと、盗賊に毒を盛られてしまったのだそうです!

 

あやうく命を落としてしまうところを照手姫なる女性に救われて

遊行上人にも巡り合い、毒による病が次第に重くなりゆくなかで熊野に詣で、

薬湯の効き目により奇跡的に全快。小栗城15代当主となりました。

しかしながらその時代は長くはなく、

足利成氏との戦いに敗れて小栗氏そのものが滅亡してしまったとさ…というものであります。

 

こうして途絶えた小栗氏ゆかりの常陸国では、

悲劇の一族となってしまった小栗氏の霊を慰めるためにと

巫女さんが英雄物語を作って聞かせるようになり、

それが脈々と受け継がれて広がり伝説と化したのではないかと言われています。

 

熊野には現在も小栗判官が浸かり病が全快したたとされる「つぼ湯」が残されており、

なんと世界遺産に登録された公衆浴場として人気を博しているそうですよ!

www.hongu.jp

オグリの聖地巡礼には欠かせぬ場所のようですので、

ファンの方はぜひお出かけになってはいかがでしょうか!

 

参考文献:朝日日本歴史人物事典/日本大百科事典/障害保健福祉研究情報システム

説経節『小栗判官』成立再考 松尾剛次/熊野本宮観光協会

説経浄瑠璃に見る「生活の中の仏教」 千葉俊一 

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