今日から三月に入ったわけですけれども、芝居の幕はしばらく開きません…
数年後にこのページを開かれる方には一体何のことやらということなのかもしれませんので、少しばかりご説明したいと思います。
現在2020年3月は、新型コロナウイルスなるものによる疫病が世界的に流行しており、
その感染拡大を防ぐためさまざまなスポーツ・文化活動等において中止・延期の措置が取られている状況にあります。
その影響から歌舞伎においても、歌舞伎座、国立劇場、明治座などなど予定されていたすべての歌舞伎公演がひとまず10~15日の中止を余儀なくされております。
また、そればかりでなくなぜかあらゆる紙類が各地のお店から姿を消す、
全国の小中高が突如として臨時休校を要請される等々、なかなかにカオティックな世の中となってしまいました。
このすえひろがこれまでブログを更新することができましたのも、
毎月毎月必ず歌舞伎公演があるおかげにほかならず、今月はどうしたものかなと考えあぐねております。
明日以降は、先月菅原伝授手習鑑の前半のあらすじのご説明に日数を費やしたため、
お話しきれなかった事柄などを少しずつお話していきたいなと思っております。
それはともかく、芝居の幕が開かないというのは本当に寂しいものですね…
なんだか心にぽっかりと穴が開いてしまったようです…
少しでも劇場気分を味わいたくて「ビクター効果音ライブラリ 歌舞伎下座音楽」を流しながら過ごしております。。。
皆様もさぞやお気詰まりと思われますが、
ひとまずは歌舞伎座・明治座・南座の幕が10日に開くことを信じて乗り越えましょう!
三月の幕開けにちなみまして、江戸時代の興行用語について少しお話してみます。
なんらかのお役に立てればうれしく思います!
キャリアウーマンがターゲット
江戸時代の興行形態は現在のグレゴリオ暦に基づく12カ月興行とは異なりまして、
十一月の顔見世
お正月の初春興行(初春狂言)
三月の弥生興行(弥生狂言)
五月の皐月興行(皐月狂言)
七月の夏芝居
九月の秋興行(あるいは御名残狂言・菊月興行)
と、計6回の興行を中心として上演されていました。
興行日程もきっちりとは定まらず、評判を取ればロングランにしたりとフレキシブルな形態であったようです。
中でも3月3日に始まる弥生興行は、特別のお客さんを狙って上演されました。
その特別のお客さんとは、大奥はじめ武家のお屋敷にお勤めしている御殿女中の方々であります!
うららかな花見シーズンの3月は「宿下がり」と呼ばれる御殿女中の方々のお休みシーズンでもあったため、
武家の御殿で発生する御家騒動において女形が演じる女中たちが大活躍するような
御殿物と呼ばれるお芝居が上演されたようです。
せっかくのお休み期間であるのに、自分と同じ女中たちが自分の職場と似た環境で、
さまざまな騒動に巻き込まれるお芝居を見たりしたら、
どっと疲れ果てててしまうのではないかなあ…とも思いますが、
現代においても、働く女性を主役としたお仕事ドラマは数多く放送されていますものね。
お仕事ドラマを通じて登場人物に共感したり、憧れたり、スカッとしたりすることで、日頃のストレスを発散できるのだと思います。
江戸時代にも働く女性のためにそうしたエンターテインメントが提供されていたというのは、なかなか興味深いことだなと思います。
弥生狂言として上演された御殿物の作品は主に
「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」
「加賀見山旧錦絵(かがみやまこきようのにしきえ)」
「新薄雪物語(しんうすゆきものがたり)」
などで、どれも豪華絢爛なお屋敷を舞台として女中たちが登場します。
御殿女中の方々はお休み中にこうした芝居を見て、働く女としての誇りを磨いていたのかもしれません。
弥生狂言の代表的な演目は他にもありまして、
市川團十郎が出演している芝居小屋では必ず「助六由縁江戸桜」が上演されたそうです。
「助六由縁江戸桜」は桜が舞い散るような舞台の上に、江戸一番のイケメンが颯爽と登場するという演目。
いかにもお花見の季節らしい、数ある歌舞伎演目の中で最も華やかといえるものです。
職場を舞台とした御殿物で散々共感してストレスを発散した後で、
江戸一番のイケメンがこれでもかこれでもかとポーズを決めまくるところを見れば、
確かに心の底からリフレッシュしてお仕事の日々に戻ることができそうです…!
参考文献:新版歌舞伎事典/江戸時代の歌舞伎役者