歌舞伎ちゃん 二段目

『歌舞伎のある日常を!』 歌舞伎バカ一代、芳川末廣です。歌舞伎学会会員・国際浮世絵学会会員。2013年6月より毎日ブログを更新しております。 「歌舞伎が大好き!」という方や「歌舞伎を見てみたい!」という方のお役に立てればうれしく思います。 mail@suehiroya-suehiro.com

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【読書録】「新版 歌舞伎」 河竹登志夫著

歌舞伎公演の中止に伴って空いた時間で、楽しみにして買ったまま手つかずの本や、読んだものの内容をすっかり忘れている本などをもりもりと読みまくり、気力を奮い立たせている昨今です。

備忘録を兼ねてそのなかから何冊かご紹介いたしますので、何らかのお役に立てればうれしく思います。 

「新版 歌舞伎」 河竹登志夫著

歌舞伎研究の第一人者で早稲田大学名誉教授の河竹登志夫先生の歌舞伎入門書「新版 歌舞伎」。東京大学出版会の発行です。

新版 歌舞伎

新版 歌舞伎

 

河竹先生はあの河竹黙阿弥の曾孫にあたり、海外公演や歌舞伎鑑賞教室の監修など現在まで続く取り組みの礎を築かれ、現代の歌舞伎ファンである私たちは必ず河竹先生の活動による恩恵を受けていると言える偉大なる方であります。

 

歌舞伎」は2001年に初版され、その後の12年間の歌舞伎の歩みが書き加えられて、歌舞伎座新開場の2013年4月に新版として出版されたという記念すべきもの。

直後の2013年の5月に逝去なさったためこの書物の内容は更新されないのですけれども、最後の「このありかたによってこそ、今世紀を通じて、いやその後々までも、歌舞伎が歌舞伎として生き、繁栄していくであろうことを、確信しています。」という文言が胸に染み入る一冊です。「このありかた」とは何なのかはぜひお読みになっていただきたく、ここでは伏せたいと思います。

 

具体的な内容としましては、

外から見た歌舞伎(海外公演での反響・比較)

自在なる演劇空間(花道・廻り舞台といった独自の劇場機構、庶民感覚などについて)

様式美の総合芸術(歌舞伎特有の音感美・視覚美・役者・伝承のありかた・女方など)

人間普遍のドラマ(浄瑠璃と歌舞伎の比較、シェークスピアとの比較など)

世界の中の歌舞伎(バロック劇としての歌舞伎)

といったもの。

入門書といってもいわゆる演目解説や用語解説、隈取の見方などを紹介する書物ではありません。目次に挙げられている内容も一見して難しそうな印象を受けますが、その語り口は非常にやわらかで、親しみやすいものです。

 

特に、出雲阿国の歌舞伎創始に西洋の宗教劇が影響した可能性についての言及や「バロック劇」についての言及はたいへん興味深いもので、日本固有の伝統芸能という固まったイメージを打破し、歌舞伎という迷宮に入りこみもう一生出られないのではあるまいかというような高揚感を味わわせてくださいます。

 

近ごろ新作歌舞伎の上演の際など、歌舞伎をご覧になったことのない方に親しみを抱いてもらうためなのか、「歌舞伎はなんでもあり」「歌舞伎役者が演じればなんでも歌舞伎になる」といったメッセージがちらほら見られます。

一方で「高尚な」「敷居が高い」というイメージを抱かれていることも感じられ、どちらも自分自身が抱いている歌舞伎のイメージとは合致しないのでなんだか釈然とせず、疑問を感じてました。

そこで、新開場の際に求めて読み、歌舞伎の味わいを何倍にも深めてくださったこの書物を改めて読み返してみた次第であります。

 

読み返してわかったのは、やはりそのようにひとことでまとめられてしまうようなものではなく、様々なものを内包するふところの深さは持ちつつも、複雑かつ混沌を極めて絶えず変化し生き続けている謎の存在であるということです。

 

本書のなかには岸田劉生が歌舞伎の美を定義したという「芸術的に高級なる卑近美」ということばが何度か登場します。まさにそのひとことこそが自分にとっての歌舞伎の味であるな…!と大いに納得、興奮いたしました。

 

初心者の感じ方を否定したり、初めて見た外国の方の反応を決して否定することのない河竹先生のやさしいまなざしが、歌舞伎の深みへと誘ってくださいますので、近年の新作歌舞伎で歌舞伎に興味を持たれた方には、特におすすめしたい一冊です!

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