先日いよいよ開幕した八月花形歌舞伎!待ちに待った再開であります!第三部で上演中の「吉野山」について、少しばかりお話してみます。
感染予防の観点から今回は筋書の販売が行われず、簡易版の配布のみになっていましたので、今回初めてご覧になる方にとって何らかのお役に立てればうれしく思います。
女雛男雛と並べて置いて
吉野山(よしのやま)は、三大狂言に数えられる義経千本桜の四段目にあたる道行の場面「道行初音旅」が、様々なアレンジを経て歌舞伎舞踊化されたもの。とにかく上演頻度が高く、繰り返し繰り返し上演されている人気の歌舞伎舞踊です。
その三では、忠信を人間ではないとわかるポイントについてお話いたしました。
花道のすっぽんから登場した忠信が美しき静御前といろいろをやりとりをしているうち、演目のみどころのひとつに突入します。
その部分の詞章を書き出してみますと、このようなものです。
弥生は雛の妹背仲 女雛男雛と並べて置いて
眺めに飽かぬ三日月の 宵に寝よとは後朝に
せかれまいとの恋の欲 桜は酒が過ぎたやら
桃にひぞりて後ろ向き 羨ましうはないかいな
「女雛男雛と並べて置いて」の詞章のとおり、静御前と忠信がまるでお雛様とお内裏様のようなポーズで決まる…というのがみどころのひとつです。
詞章といい、ポーズといい、この演目は二人のラブソングなのだろうか?と思わされますが、静御前は忠信の使える義経の愛妾なのですから、主従の関係なのであります。
もともと旅路のようす描く「道行」という舞踊のスタイルは、慕いあう男女の旅を描くものが多いので、主従関係の道行というのは珍しいものです。
そのことにまつわる二代目松緑の芸談がありますのでご紹介したいと思います。
昭和の名優である二代目松緑は、静と忠信が主従関係にあることを心掛けねばならぬと主張していたそうです。
そんな二代目松緑は、師である六代目菊五郎から
「けっして静の後ろへは入るなよ。後ろへくっつくと、訳ありの男女みたいに思われるぞ。だから蟹じゃないが横から入るんだぞ」
と厳しく言われたのだそう。おもしろい表現ですが、確かにその通りかもしれないなぁと思わされるアドバイスです。
もちろんこれが絶対的というわけではなくて、忠信をお勤めになる方やお家によってさまざまな工夫があるようです。いろいろな配役でぜひチェックなさってみてください!
参考文献:新版歌舞伎事典/ブリタニカ国際大百科事典/舞踊名作事典/日本舞踊曲集成/松竹歌舞伎検定公式テキスト/歌舞伎登場人物事典