先日いよいよ開幕した八月花形歌舞伎!待ちに待った再開であります!第三部で上演中の「吉野山」について、少しばかりお話してみます。
感染予防の観点から今回は筋書の販売が行われず、簡易版の配布のみになっていましたので、今回初めてご覧になる方にとって何らかのお役に立てればうれしく思います。
「実は狐」を見抜くポイント
吉野山(よしのやま)は、三大狂言に数えられる義経千本桜の四段目にあたる道行の場面「道行初音旅」が、様々なアレンジを経て歌舞伎舞踊化されたもの。とにかく上演頻度が高く、繰り返し繰り返し上演されている人気の歌舞伎舞踊です。
その二では、この舞踊の状況説明をいたしました。
「この佐藤忠信は実は狐であるということはみなさんご存知ですよね」
という雰囲気で舞台は進んでいくのですが、まるっきり初めてご覧になる場合にはノーヒントであり、忠信の登場とともに「おっ、これは人間ではないな」と察しが付くというのはなかなかに難しいことかと思います。
ところが「実は人間でない」ということを表すお約束が忠信の登場シーンに使われていますので、そちらについてお話したいと思います。どう見ても人間なのに実は人間ではないという設定の役が登場する演目は吉野山だけではなく、意外とたくさんあります。ですので新しい演目をご覧になるときにはきっとお役に立てるかと思います。
舞台ではまず「恋と忠義はいずれが重い」という意味深な置き浄瑠璃がはじまりまして、静御前が登場。満開の桜の風景に静御前の美しい姿が映えるという素晴らしい世界にうっとりするシーンです。
静御前が華やかに舞いながら初音の鼓をポンポン…と打ちますと、どこからともなく「ドロドロ」という太鼓の音が聞こえてきます。ちょうどお化け屋敷のような音であります。この音こそが、「人間ではない」ということを表しているのであります。
そして花道の舞台近くに据え付けられている四角いふたのようなゾーン「すっぽん」がズズズと下がって、そこから「佐藤忠信」とされる人物がせりあがってきます。実はこの、すっぽんから登場するというのも「人間ではない・妖力がある」ということを表すお約束です。明治の名優・九代目團十郎は揚幕から登場していたことがあったそうですが、現在はすっぽんからの登場で定まっているようです。
こういった登場を経て観客に「人間ではないな」とヒントを出した佐藤忠信は、狐らしい動きをどこで見せるのだろう…と観客を一層ワクワクさせてくれるわけであります。
他の演目でも、登場人物が舞台に現れる際に
①どろどろという太鼓の音が聞こえる
②花道のすっぽんから出てくる
という要素がありましたら、「これはまず人間ではない、もしくは妖力を持っているな…」とわかりますので、ぜひご活用くださいませ!
参考文献:新版歌舞伎事典/ブリタニカ国際大百科事典/舞踊名作事典/日本舞踊曲集成/松竹歌舞伎検定公式テキスト/道行初音旅ー舞踊の味い方 小谷青楓