ただいま歌舞伎座にて上演中の九月大歌舞伎。新型コロナウイルスの感染防止対策として幕間なしの各部完全入れ替え、四部制にて上演されています!
第三部「双蝶々曲輪日記 引窓」は吉右衛門さんが濡髪をお勤めになっている珠玉の名舞台であります。過去にも少しばかりお話いたしましたが、説明不足のため改めてあらすじなどをお話してまいりたいと思います。
さまざまなご事情あるかと思いますが非常におすすめしたい一幕です…!!
お出かけの際、簡単な予習などにお役立ていただければ嬉しく思います。
月明かりの美しい十五夜の前夜の出来事
双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)は、1749年に大坂竹本座にて人形浄瑠璃として初演されたお芝居。江戸時代のスター職業のひとつである、おすもうさんを主役としている人気演目です。
長い物語のなかで「角力場」「引窓」の場面が特に人気で、現代でもこの二つの場面が繰り返し上演されています。
ぬれかミ・はなれごま 一陽斎豊国 見立三十六句撰 国立国会図書館デジタルコレクション
「引窓」の内容を本当にざっくりと申しますとこのような具合です。
①町人・南与兵衛は、父の後妻のお幸、妻のお早と暮らしていたが、めでたく郷代官に取り立てられることになった。
②そんな与兵衛の家に、殺人を犯した力士の濡髪長五郎がやってくる。濡髪はお幸の実の子であり、母に一目会おうと思ったため。
③しかし与兵衛に与えられた最初の任務は「濡髪を召し捕ること」であった…お幸は濡髪を匿い、どうか見逃してほしいと懇願する。
④濡髪は与兵衛への義理のため縄にかかろうとするが、与兵衛は放生会にことよせて濡髪を落ち延びさせるのだった。
それでは詳しくあらすじをお話してまいりたいと思います。上演のスタイルによって内容が前後したり、変わったりすることがありますが、その点はご容赦くださいませ。
京都近郊の八幡の里、藪陰にたたずむ一軒のおうちが舞台です。
このおうちには紐を引いて開けるタイプの大きな天窓=引窓があり、そこから月の明かりが差し込んで家の中を照らしています。
このあたりの土地は藪が深くてとても薄暗いため、それぞれの家が屋根に明り取りの引窓を付けていたそうです。ということは、引窓を閉じればこの家はたちまち闇に包まれてしまうのです。
この引窓が物語そのものの通称にもなっているように、のちに重要なアイテムとなります。
さらに、この日は月の美しい秋の十五夜の前夜というシチュエーションであります。
この地域では十五夜の日に、殺生を戒めるため生き物を解放するイベント「放生会(ほうじょうえ)」を行う習わしがあり、これものちに重要になります。
舞台上の照明は昼間のように明るくなっていますが、物語の上では月光の注ぐ美しい夜の風景をイメージしてくださいませ。
この家の主は八幡の郷代官の息子南与兵衛(なんよへえ)。
かつて笛売りとして暮らしていたころ新町の遊女・都と深い仲になり、都が身請けされてしまいそうなところを同じく新町の遊女・吾妻さんに助けてもらってなんとか連れ出し、お早と名を変えた都と夫婦となりました。
新町ではいろいろとトラブルを起こした与兵衛ですが、亡父の後妻であるお幸さんとお早とともに、今はこの八幡の里で平和に暮らしています。そのうえ亡き父が勤めていた郷代官の仕事に任命されることとなり、現在代官所に出向いているところです。
これは町人である与兵衛にとっては大きな出世。お幸とお早も大いに喜び、放生会の準備をしながら与兵衛の帰りを今や遅しと待ちわびています。
と、そんなところへ別の訪問者が。
なんと大坂で大人気のおすもうさん濡髪長五郎です!
濡髪はなにやら人目を忍んでいるようす。一体なぜというところで次回に続きます!
参考文献:新版歌舞伎登場人物事典/増補版歌舞伎手帖 渡辺保/床本集/もう少し浄瑠璃を読もう 橋本治