ただいま歌舞伎座ではお正月公演壽 初春大歌舞伎が上演中です!
第二部「夕霧名残の正月」は、昨年亡くなられた坂田藤十郎さんを偲び、御子息の鴈治郎さんと扇雀さんによって上演されています。初代坂田藤十郎ゆかりの演目であり、それほど上演頻度も高くありませんので貴重な舞台です。
今回初めてご覧になる方もおいでかと思いますので、補足情報を少しばかりお話いたします。何らかのお役に立てればうれしく思います。
和事の創始者・初代坂田藤十郎
夕霧名残の正月(ゆうぎりなごりのしょうがつ)は、もともと延宝6年(1678)2月に大坂の荒木与次兵衛座にて初代坂田藤十郎によって初演された演目です。形こそ変わっていますが、実に340年以上も前に原形が生まれていたことになります。
清書七伊露八 もちつき夕霧伊左衛門 豊国 国立国会図書館デジタルコレクション
題名の「夕霧」とは、かつて大阪新町にいた実在の花魁・夕霧太夫のことで、京の吉野太夫・江戸の高尾太夫と並ぶ名妓として知られた人物です。芝居に出てくる豪商藤屋の若旦那・伊左衛門もすっかり夕霧太夫に入れあげて、莫大な借金を抱えたために勘当されてしまったほどでした。
しかし夕霧太夫は、残念ながら延宝6(1678)年のお正月に27歳(22歳とも)の若さで命を落としてしまったのです。
その死を悼み悲しみに暮れる伊左衛門のもとへ、亡くなったはずの夕霧太夫が現れ、しばし二人で幸せな日々を思い返す…というのがこの演目の見どころであります。悲しいお話です。
芝居の初演は夕霧太夫の死の翌月ですから、当時の芝居がメディア的役割を果たしていたことがよくわかります。
初演の際に藤屋伊左衛門を勤めたのが、元禄時代の上方の名優・初代坂田藤十郎です。初代坂田藤十郎はこの藤屋伊左衛門を繰り返し演じ、生涯の当たり役としたのでした。
初代坂田藤十郎といえば、上方の演技の型「和事(わごと)」の創始者とされる人物であります。
「和事」と申しますのは、恋に落ちた美しい男性のようすを表現する柔らかな演技です。
江戸の歌舞伎ではゴリゴリと荒っぽくヒロイックな男性像がカッコよさの象徴とされるのに対し、上方では、優美で品が良くやわらかみのある男性像がモテの象徴とされます。時に恋に溺れ、お店のお金にも手を付けてしまうような頼りなさすら、そこはかとなく色っぽい…というような価値観であります。
このすえひろも和事がとにかく大好きでして、つくづく初代坂田藤十郎の大発明だなあと感動を覚えます…!男性の魅力を多様に表現しようと試みられていたこと自体が、なんておもしろいのだろうと思います。
夕霧伊左衛門のラブストーリーが芝居を通して現代にも伝わっているのも、この初代坂田藤十郎の功績によるところが大きいのであろうと思われ、尊敬の念が湧いてきます。
参考文献:新版歌舞伎事典/ブリタニカ国際大百科事典/歌舞伎手帖/