ただいま歌舞伎座で上演されている二月大歌舞伎!
第二部「於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)」は、しばしば上演される人気の演目です。上演形態はその時によりいろいろで、今月は三年前の2018年にも上演された場面が上演されています。
玉三郎さんの土手のお六と仁左衛門さんの鬼門の喜兵衛というワルなカップルが、ゆすりかたりをしようと画策するというものです。これが本当になんともいえない劇空間でありまして、このお二人のご共演でなければ味わえないものだなあとつくづく思います。
これまでにお話したものはありましたがお話し足りないので、お話を加えていきたいと思います。
「眼千両」岩井半四郎のファン垂涎本
於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)は、1813年(文化10)に江戸の森田座で初演された演目。質屋油屋の娘お染と丁稚の久松による心中事件を元ネタとした一連の作品群のひとつで、「大南北」と呼ばれた江戸の有名作者である四世鶴屋南北の作品です。
一人の役者が「お染久松」を含む7つの役を演じる趣向であるため「お染の七役」という通称でも知られてます。今月は上演されるのは7つの役のうち、「お六」が活躍する場面のみです。
お六は「悪婆(あくば)」と呼ばれる役どころで、下の絵でいうところの右上の役です。好きな人のためなら悪だって手を染めてしまう、そんな人物であります。
於染久松色読販 四世鶴屋南北 国立国会図書館デジタルコレクション
前回まではざっくりとあらすじをお話してまいりましたが、現在上演されているのは実は昭和初期に渥美清太郎が改訂して復活上演されたものです。江戸時代に上演されていた本来の南北の作はどうであったのか、その完全体を舞台で見ることは叶わないわけで、江戸に思いを馳せますとなにやら切ない思いがいたします。
江戸時代の初演時にお染、久松、お光、お作、竹川、貞昌、お六の7役を勤めたのは、美貌すぐれた名女形・五代目岩井半四郎。女形でありながら座頭を勤め大太夫と呼ばれた名優であります。鬼門の喜兵衛を勤めたのは、顔に特徴があり鼻高幸四郎との異名を持つ五代目松本幸四郎。南北作品での活躍ぶりが伝わっている二人です。
私は五代目半四郎を描いた浮世絵が大好きでして、くりくりとかわいらしい黒目がちな目がたまらないなあと常々思います。五代目半四郎は目力があるタイプの美しさであったようで「眼千両」と言われたそうです。「眼千両」ぶりを表現しようという絵師の気概が感じられ、胸が熱くなります。
於染久松色読販 四世鶴屋南北 国立国会図書館デジタルコレクション
このお顔ですね。かわいいです。
大坂の版元河内屋太助の店から出された天保2年の絵入根本が国立国会図書館デジタルコレクションで公開されていまして、上に掲載した2枚の絵はそこから取ったものです。 絵は国貞とのことです。著作権保護期間が満了しておりますので載せています。
絵入根本というのは、歌舞伎の脚本に絵などを入れて出版した出版物のことで、上方独自に発展したものであります。
本文や番附とともに役者の似顔絵やイメージイラストなども盛り込まれ、さらには亡くなった役者も含めた理想の配役図なども掲載してみたりという自由さで作られており、ドラマや映画、漫画、アニメなどの熱烈愛好者のために現在も出版されているファンブックのようなものであったようです。
「於染久松色読販」の絵入根本にはこのような絵が入っています。
かつらや小道具、衣裳の打ち合わせをする半四郎、駕籠脱けの仕掛けと半四郎・・・と、現場のオフショットのようなイメージでしょうか。当時のファンにはさぞかしたまらない内容であったのではないかなと想像します。
このすえひろも好きなドラマの公式ブックやシナリオ本などを購入することがありますが、江戸時代の上方の人々も同じことをしていたんだなあと感動します。
筋書だけでは満足せず、もっと熱いものが読みたいと願った、上方の人々の文化に向き合う姿勢と豊かさには脱帽です!
参考文献:国立国会図書館デジタルコレクション・大阪府立中之島図書館