2021年歌舞伎座の二月大歌舞伎第二部にて「於染久松色読販」が上演されています。
玉三郎さんの土手のお六に仁左衛門さんの鬼門の喜兵衛というファン垂涎の配役で、南北作品の退廃した世界が見事な絵のように見えてくる夢のような一幕です。
内容とはあまり関係ないのですが、鬼門の喜兵衛が「田螺の木の芽和え」なるおつまみを持ち帰り、お六のお酌で一杯やるという場面がありますね。そこかしこすすけたおんぼろの家で飲んでいるというやさぐれた光景のはずが、仁左衛門さんと玉三郎さんの醸し出すものによってなんともいえず絵になる、そんな場面でした。
恥ずかしながら私はタニシを食したことがなく、どうしても学級の生き物係として世話をしていた魚の水槽を思い出してしまうのですが、「田螺の木の芽和え」は喜兵衛たちのいる世界ではどうやらおいしいものとして通っているようでした。
これが一体どういった食べ物なのか以前より気になっていまして、少しばかり調べてみましたところ、意外な著名人の著作に登場しましたのでご紹介いたします。
「田螺の木の芽和え」
そもそも木の芽和えは、山椒の若芽をすり鉢ですって白みそなどとあわせて練ったものを、食材に会えるという料理です。和える食材としてはタケノコなどがおなじみかと思います。
一方タニシは、昔から全国各地で貴重なタンパク源として食されてきたそうで、特にマルタニシという種類のタニシが美味とされていたようです。
美食家として知られる北大路魯山人によれば、かつては「田んぼからカラカラと田螺の声が聞こえる」と言う人が必ずいたという話で、土地に馴染んだ食材であったことが伺えます。市街地では嗜好品としての側面もあったようで、魯山人も「たにしという奴はなかなかバカにならぬ美味の所有者であることだ。」としています。
そんな魯山人の「田螺」という文章の中に、なんと田螺の木の芽和えが登場しましたので、その部分を引用してみたいと思います。
その次に木の芽和あえがある。白味噌に木の芽を入れ、すり合わしたものに、たにしを和える。これも関西方面では日常茶飯として行われる。いかの木の芽和えなどに比して一段としゃれた美食である。この方が玄人食いだと言えるであろう。
喜兵衛のつまみは、あの魯山人をして「一段としゃれた美食」 「玄人食い」と言われているわけでして、さすが百両ものお金を使い込んでしまうだけのことはあり、きっといろいろと美味しいものを食べて相当舌が肥えているのだろうなあということが伺えます。
百両のお金を使い込むのであればおうちをリフォームした方が良さそうですが、そうではないというのもなんだか喜兵衛らしいところであります。
余談ですが魯山人は幼いころ、腸カタルであわや落命というときにタニシを所望し、めきめきと元気を取り戻して事なきを得たのだそうですよ。タニシが現在は高級食材とされるのも納得の効能です。
参考文献:青空文庫 北大路魯山人「田螺」