歌舞伎ちゃん 二段目

『歌舞伎のある日常を!』 歌舞伎バカ一代、芳川末廣です。歌舞伎学会会員・国際浮世絵学会会員。2013年6月より毎日ブログを更新しております。 「歌舞伎が大好き!」という方や「歌舞伎を見てみたい!」という方のお役に立てればうれしく思います。 mail@suehiroya-suehiro.com

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歌舞伎のことば:極悪老婆にあらず 「悪婆(あくば)」

ただいま歌舞伎座で上演中の二月大歌舞伎

第二部で上演されている「於染久松色読販」は、ゴールデンコンビの仁左衛門さんと玉三郎さんがご共演なさっている、ファン垂涎の舞台です。

これにちなみまして、歌舞伎ならではのことばについてお話したいと思います。何らかのお役に立つことができれば幸いです。

 

極悪老婆にあらず 「悪婆(あくば)」

於染久松色読販」は通称「お染の七役」といって、お染久松という有名なカップルのの心中話を題材にしながら、女形が7役を演じ分けるという趣向の演目。人でなしな登場人物や血みどろの惨劇、退廃的なムードなどが魅力の演目を多数手がけている、江戸の名作者・四世鶴屋南北の作品です。

 

今月は、その七役の中でも異彩を放つ「土手のお六」という人物を中心とした場面が上演されました。この演目のなかでも南北の退廃的な魅力が最も感じられる場面といってよいかもしれません。

土手のお六は、夫の鬼門の喜兵衛とともに悪だくみをして質屋に強請りに入り、ちょっとしたトラブルを巨大化させて騒ぎまくり、脅迫、恫喝ですごんでみせるという人物であります。江戸風のことばでいえば伝法肌な女性、当世風にいえばオラつく女性といったところでしょうか。

 

そんなお六のような役柄のことを、歌舞伎では「悪婆(あくば)」と呼びます。

悪婆は美しい女性でありながら、刃物を振り回してみたり、ゆすりかたりなどの悪事を働いてみたりというやさぐれた人物で、年齢的には江戸時代の感覚でいう年増くらいの女性の役を差すことばです。表記の通りに極悪なおばあさんということではありません。

現代の言葉では「悪女」というよりは「毒婦」というようなニュアンスかと思います。

 

そんな悪婆には決まったスタイルがありまして、

・「馬の尻尾」という無造作なヘアスタイル

・さっぱりとした格子縞の衣裳を着ている

・半纏をカッコよく引っ掛けている

などの特徴で見分けることができます。

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土手のお六・帯屋長右衛門・しなの屋おはん・片岡幸左衛門 

豊国 国立国会図書館デジタルコレクション

こんな感じです。

しかしこの絵は江戸当時のものなので現代のかつらの「馬の尻尾」とは少し違います。「馬の尻尾」は後頭部に髪を盛り上げた髷がなく、髪の束を下に垂らして結んでいるだけのシンプルなスタイルです。

 

ちょうど「於染久松色読販」が作られた時期でもある江戸の後期から末期、人々の心はとにかく「悪」というものに惹かれていたらしく、女形の役者がこのような姿で自堕落な生活をし、悪事を働いて江戸前の啖呵を切ってみせるという役柄は、非常に画期的なものに映ったようです。

悪婆は四代目岩井半四郎の「三日月おせん」にはじまったと言われ、その後土手のお六を勤めた五代目岩井半四郎のリアリティがすさまじく、人気を定着させたとされています。当時の女形の役者の方々にとっても、スカッとするような役柄だったのかもしれません。

 

そんな悪婆の素敵なところは、ただ非情で冷酷な悪人なのではなくて、「好きな人に尽くすがゆえに悪事を働いている」という点ではないでしょうか。

悪者ながら独特の色っぽさや愛嬌が感じられ、きゅんとしてしまいます。

 

於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)

處女翫浮名横櫛(むすめごのみうきなのよこぐし)

などの演目に登場しますので、上演や配信、放送などの機会があればぜひチェックなさってみてください。

 

参考文献:新版歌舞伎事典/大辞林/江戸演劇史 渡辺保/悪婆試論 ヴァレリー・ダラム 

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