歌舞伎ちゃん 二段目

『歌舞伎のある日常を!』 歌舞伎バカ一代、芳川末廣です。歌舞伎学会会員・国際浮世絵学会会員。2013年6月より毎日ブログを更新しております。 「歌舞伎が大好き!」という方や「歌舞伎を見てみたい!」という方のお役に立てればうれしく思います。 mail@suehiroya-suehiro.com

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歌舞伎のことば:物語らんと座を構え…「物語」

近ごろはめっきり春めいて天気も不安定なようですが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。季節の変わり目には体調を崩しやすいですから、どうぞご自愛くださいませ。

先日まで歌舞伎座で上演されていた三月大歌舞伎の第二部「熊谷陣屋」にちなみまして、歌舞伎ならではのことばについてお話しておきたいと思います。何らかのお役に立つことができれば幸いです。 

物語らんと座を構え…「物語」

熊谷陣屋」は、時代物を代表する名作の一つとして知られる演目です。

源平合戦の世、主君の義経から「一枝を伐らば一指を切るべし」というメッセージを託された熊谷次郎直実は、これを「後白河法皇の子である敦盛を守るため己の一子を斬るべし」と解釈。忠義のため大切な我が子を手にかけるという戦の世の悲劇であります。

一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)という長い物語のうちの名場面です。

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熊谷直実・女房さがみ 豊国 俳優似顔東錦絵 国会図書館デジタルコレクション

実は我が子を身代わりにしているのに表向き「敦盛を討った」ということになっている熊谷が、妻の相模と藤の方に向かって、敦盛との一騎打ちと堂々たる最期を語って聞かせる場面が、序盤のみどころのひとつです。「敦盛→小次郎」のネタバレありきのように申してしまいましたが、決してそういうわけではありません。

 

この場面では、熊谷が相模や藤の方の方ではなく真正面を向き、舞台上手の床(ゆか)と呼ばれる場所から語られる義太夫節の語りと三味線に乗せて、戦場の情景や出来事、心情などを体全体を使って描写する演出がなされます。

扇を使って馬の首を表したりする独特の動きや、勇ましいセリフなどがカッコいい見せ場であり、こうした演出のことを「物語(ものがたり)」と呼びます。

 

おもしろいのは、「物語」のゾーンに入った途端に、熊谷を中心とする舞台の上の世界が過去の戦場へとタイムスリップしてしまう点です。

現在の熊谷が陣屋で派手な調子で過去の話をしているというのではなくて、熊谷だけが今まさに時間や空間を飛び越えて戦場にいるという、そういった表現なのであります。

現在のテレビドラマでいうと、大河ドラマで大迫力の戦の回想シーンが挿入されたというような状態かと思います。そういった編集技術のないなか、舞台上で場面転換も行わずに時間と空間を大胆に切り替えてしまうという荒技は、百年単位で練り上げられてきたからこそ為せる技ではないでしょうか。

 

物語は「物語らんと座を構え…」という義太夫の語りから始まることが多いので、時代物の演目をご覧になったときにこのフレーズが聞こえてきたら、ぜひ独特の動きやセリフに注目なさってみてください。

 

参考文献:新版歌舞伎事典/大辞林/歌舞伎登場人物事典/歌舞伎における「語り」の演技 水落潔

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