ただいま歌舞伎座で上演中の四月大歌舞伎!
第三部「桜姫東文章」は、孝夫時代の仁左衛門さんと玉三郎さんが孝玉コンビとして熱狂を巻き起こした伝説の舞台で、お二人による上演は1985年いらい実に36年ぶり。チケットも入手困難となり大きな話題を呼んでいます。
このすえひろもその一人なのですが、この演目を生で見るのは今回が初めてという方も大勢おいでのことと思われますので、上演を記念してお話してみたいと思います。
今月は上の巻として「三囲の場」までが上演され、続く場面が六月に下の巻として上演される運びです。ですので今月は上の巻にまつわる部分をお話いたします。なんらかのお役に立てればうれしく思います。
江の島稚児ヶ淵の場
桜姫東文章(さくらひめあずまぶんしょう)は、大南北と呼ばれた江戸の鬼才・四世鶴屋南北の代表的な作品の一つです。
一言で申せば、愛した稚児を失った高僧・清玄と、自らを犯した釣鐘権助に惚れたお姫様・桜姫が、因果の渦に飲み込まれ転がり落ちていく物語であります。高僧は破戒して怨霊となり、姫は権助によって女郎屋に売られるという、複雑怪奇かつアウトローな世界観が魅力です。
その三では、下敷きとなっている「清玄桜姫物」の世界についてお話いたしました。いよいよあらすじについてご紹介していきたいと思います。なるべく今月の上演に則ってお話したいと思っていますが、都合上いろいろと前後したりすることがありますのでご容赦ください。
Seigen and Sakurahime Tsukioka Yoshitoshi LACMA Public domain
発端は「江の島稚児ヶ淵の場」
江の島稚児ヶ淵といえば、現在も神奈川県の観光地としてお馴染みの絶景の海岸です。夕暮れ時などは特にカップルでにぎわう場所ですが、この芝居においては暗く寂しい夜の断崖として描かれています。ザパーンザパーンとうねるような波が打ち付けているのではないかなあと想像させるような情景です。
お芝居は、夜の闇のなかをちょうちんを持ったお坊さんたちが人を探している場面から始まります。長谷寺のお坊さんたちが清玄を、相承院のお坊さんたちが稚児の白菊丸を探していますが、二人はどこへ行ったのかなかなか見つからない…という状況です。
そんなところへ、人目を忍んで清玄と白菊丸がやってきます。
二人は僧侶と稚児という立場ながら、恋愛関係にあるのです。こうした美僧侶と美少年の同性間の恋は「稚児物語」として中世のころから人気を博しているお馴染みの題材で、多くは悲恋であるそうです。
清玄と白菊丸もその悲恋のなかにあり、来世こそは夫婦になろうねと約束をして、なんと今からここで心中をするつもりなのであります。
そんな二人が愛を託すのは一つの香箱。清玄は白菊丸の名を書いた香箱を、白菊丸は清玄の名を書いた蓋を持って、海に身を投げる計画です。
ひととき今生の名残りを惜しみあった二人は、ついに別れの時を迎えます。
稚児ヶ淵の岩肌に激しく打ち付ける波のなかへ、香箱の蓋を左手に握りしめた白菊丸が先に飛び込み、夜の荒波に飲まれて消えていきました。美少年の死は悲しいものです。
自愛する白菊丸の後を追ってすぐに海に飛び込むはずが、清玄は一瞬ためらってしまいます。こうしたとき一瞬ひるんでしまうともう絶対死ねない、というのはどういうわけか共感できる心情です。
死にきれず断崖に取り残された清玄は、海中から燃え上がった炎と飛び立つ白鷺を見て、ひとり死なせてしまった白菊丸への回向のため一心に念仏を唱えるのでした。
この出来事が清玄の運命を狂わせていくのですが、このあたりで次回に続きます。
参考文献:新版歌舞伎事典/歌舞伎手帖/櫻姫東文章/日本大百科全書
歌舞伎生世話物研究-『桜姫東文章』・『東海道四谷怪談』について― 渡辺荻乃
歌舞伎・清玄桜姫ものにみる「袖」のはたらき 松葉涼子
清玄桜姫物と『雷神不動北山桜』-『桜姫東文章』の場合- 山川陽子